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美容人生の全てをブリーチオンカラーへの情熱に注ぎ込んだ美容師「jooji」の想い~世界中で一番嫌いだった兄の、今では世界中で一番のファンです~

3/31(火) 19:00配信

BEST TIMES

 美容業界でブリーチの神様と呼ばれ2017年惜しくも病によってこの世をさった美容師・jooji。
そんな志半ばでこの世を去ったjoojiの想いを一冊の本にまとめた『jooji bleach on color』通称“jooji本”は2018年に数量限定で出版され、いまや入手困難な幻のブリーチ本となっている。
 2020年、ブリーチ技術が美容師の普遍的技術となりつつある時代に、命を削り、美容人生の全てをブリーチオンカラーへの情熱に注ぎ込んだ「jooji」の想いや技術を伝えるべく、“jooji本”を再編集し、再び全国の美容関係者に届けたいと【『jooji Breach on Color』復刊プロジェクト】が始動。
 今回はjoojiの理論を残したいという強い意志のもと、本プロジェクトの発起人であり、joojiの妹・松岡慶子さんに話を訊いた。

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 ブリーチオンカラーの専門家として10年もの歳月を費やして蓄積された独自のブリーチ理論をもち、生前、jooji 氏は自らが培った技術やブリーチにかける情熱を次世代に伝えるためにセミナーなど様々な活動に力を注いでいた。

 どんな色でも自在に表現できる技術力の高さから「塩基性カラーの魔術師」と称された jooji 氏は、10年にも及ぶ歳月をブリーチオンカラーの専門家として活動し、数千人の髪にブリーチや、オンカラーを施術するなかで蓄積された膨大なデータを基に、独自のブリーチオンカラー理論を確立。

 卓越した技術力と緻密に計算されたブリーチ理論を駆使して表現される jooji 氏のカラー作品は、サイモン・エリス(元ヴィダルサスーン総責任者、現シュワルツコフ インターナショナルクリエイティブディレクター)をして「ヨーロッパの大きなヘアショーのレベル」とまで言わせしめるほど、 単にヘアカラーの領海を飛び越え、アート作品としても十分に通用するほど感度の高いものだった。

 また、サイモンは jooji氏 の死に対し「日本の美容を進化させるチャンスだったのに」とその死を悼んだという。

  2017年8月に死してもいまなお『ブリーチの神様』(中村太輔氏)や『ブリーチ界の天才児』、『ブリーチの魔術師』など彼を称賛する声はやむことがない。

 ブリーチを難しくとらえすぎ、失敗を繰り返し続けた過去の自分への戒めとして、jooji 氏は常にシンプルに、わかりやすく、誰もが使いこなせるように、ブリーチやブリーチオンカラーの独自の理論を精査し、体系づけた。

 私たちは、jooji 氏が美容人生そのものをかけて追求し、そして体系化したブリーチオンカラー理論と、その理論により生み出された作品を一冊の本としてコンパイル。ブリーチ専門家としての使命を自らに課し、「継承、伝達、育成」をテーマに、死の直前まで「次世代へと繋がるカラーの研究や確立」を目指したjooji 氏の思いを、より多くの美容関係者へ伝えていきたいと考え、編まれた伝説の一冊がここに復刊する。【『jooji Breach on Color』復刊プロジェクト】が始動。

 

■ブリーチの神・joojiの実妹が語る“すごさ”の本質

──松岡さんにとって jooji さんはどのような存在でしたか? 

「美容師であることをとことん追求した人。美容師であることを心の底から楽しみ、謳歌した人。その反面、兄としては理解しがたさや受け入れがたさがあって、あまり話しをすることもなかったですし、正直、世界中で一番嫌いでした(笑)」

 

──何年くらい口をきかない関係だったのですか? 

「10年近く、まともに口を聞いていなかったし、お互い連絡先も知らない関係でしたね。ただ、大阪にいた頃は、髪を切ってもらっていましたね。兄以外の人にカットされると気に入らないことが多かったので」

 

―お兄さんの作品を見られたきっかけは? 

「兄が癌で、余命宣告をされてから、安否確認のために兄のインスタを見だしたんですが、正直、すごくびっくりしました。兄の作り出すスタイルがすごく可愛くて、それと、カラーやブリーチについて書いていることが、興味深いというか面白くて」

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最終更新:4/3(金) 16:57
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