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『若おかみは小学生!』の著者が贈る大人のファンタジー。 少女とハリネズミの心温まる絆を描く『ハリネズミ乙女、はじめての恋』

3/31(火) 7:00配信

Book Bang

文庫巻末に収録されている「解説」を特別公開! 
本選びにお役立てください。
(解説者:橘もも / 作家)

 世の中には「推し」を愛する人々がいる。人々が心を奪われる多くは、自分のだめなところを自覚したうえで強さに変えていく人だ。誰かと比べて落ち込んだり嫉妬したりする日もあるだろう。誰にも理解されない孤独に泣く夜もあるかもしれない。けれど決して腐ることなく、一人でも自分を必要としてくれる人がある限り、笑顔を浮かべて前進し続ける。その姿に尊さを感じ「推したい!」と心の底から思う。令丈さんの『若おかみは小学生!』シリーズを読んで抱く感情もまた、それに似ている。
 小学生ながらに若おかみとして奮闘する主人公のおっこちゃんは「なんでそんなにがんばれるんだ?」と聞かれてこう答える。「最初は勢いで、ついつい言ってしまったから、とても無理だと思ってたけど。自分のいっしょうけんめいやったことを喜んでくれる人がいるっていうの、合ってるかもしれない。」そんなおっこちゃんに応援するような気持ちになると同時に、どこか救われたような心地になるのは、どんな結果に繫がるとも知れない小さな一歩を彼女が蔑ろにしないからだ。
『ハリネズミ乙女、はじめての恋』の主人公・コノカに対しても、やはり似た想いを抱く。だが十九歳の彼女が直面する現実は、おっこちゃんに対してやや苦い。でもだからこそ、頑張るだけではどうにもならないと知っている大人たちには、より響く。

 関西では有名な漫才師一家に生まれたコノカは、幼いころから注目を浴び続ける環境から抜け出すべく単身で上京を決める。両親を亡くしたおっこちゃんが、生きるために物理的な居場所を見出だそうとしていたのに対し、コノカが求めていたのは精神的な居場所だ。常に誰かの付属だった彼女にとって、たとえお金がなくても、誰も自分を知らない場所で独立した個人として生きることは何より譲れない夢だった。〈わたしの輪郭が自分でわかる、かなり幸せな気分で。〉と嚙みしめる一文に、切なくなると同時に共感もするのは、人はたいてい、誰かの娘や妻という付属であり、社会的な立場にふるまいを制限されるからだ。誰の目を気にする必要のない自由さを、私たちはコノカと一緒に夢見るのである。

 けれど、せっかく夢の場所に辿りついたというのに、コノカは持ち前の不器用さで、居酒屋のバイトをやめざるをえなくなってしまう。減っていく貯金に途方に暮れていたところ、出会ったのが、白いハリネズミの白ハリくんだ。一目見てそのかわいさに恋に落ちた、だけでなく、なぜだかコノカにだけは、彼が大阪弁で語りかけてくるのが聴こえてくる。さらに、白ハリくんのために働きだしたペットショップ「コニィ」で、彼の言葉をなぞって腹話術をしていたところを、動画に撮られて拡散される。結果、コノカは「ハリ乙女」として、あんなにも遠ざかろうとしていた芸能界に身を置くことになってしまうのだ。

 一見、苦労続きのコノカだが、生まれ育った環境に難はあれど、応援してくれる家族がいて、自然と身についた才能を見出だされ、と実はわりと運がいい。自分にしか見えない(聴こえない)誰かに導かれて未知の世界ではばたいていく、というのは『若おかみ~』や続く『温泉アイドルは小学生!』シリーズにも通じるスタイルだが、人ならざる相棒とともにスター街道を駆けのぼっていく様は、はたから見れば恵まれていると言えなくもない。だが、コノカの摑んだ幸運はすべて、地道な努力の結果だ。他人と関わることを避け、家族からも逃げ出してきた彼女が、自分の居場所を守るため、あきらめずに周囲と対話を重ねたからこそ成功に繫がっていくのである。言葉をかわす相手は、家族であれ他人であれ、みな、自分を映す鏡だ。関係を良好に守り続けるためには、自分の弱さや愚かさにも向き合い続けなくてはならない。コノカは今度こそ、その試練から逃げなかったのである。

 人は、経験を通じてしか自分の価値を測れない。自分の信じる〝本当の私〟より、たいてい他人から見た自分のほうが本質を突いている、ということはままある話だ。「コニィ」で、不器用ながらもできる精一杯を尽くすことで、コノカは、自分の要領の悪さが「丁寧で誠実」という評価に変わることを知った。あまり好きではなかった大阪弁と大きな声を、「明るくてなごむ」と感じてくれる人がいることも知った。もちろん、魅力を自覚するのと同じくらい、自分の傲慢さや狡さをつきつけられることもあるけれど、信じられる美点が一つでも自分のなかにあれば、変わろうと思うことができる。そんなコノカの成長過程に触れていると、他人と誠実に関わることの大事さをしみじみ感じさせられる。

 とはいえ、それは、心をむりやりこじあけ外に出ろ、ということではない。
 物語の終盤、久しぶりに帰った実家で、コノカが過去の自分をふりかえる場面がある。

高校生のとき、はやくここじゃないどこかに行きたくて、じりじりしていた。中学生のときは、自分にはここしか居場所がないと思って、廊下にすら出たくなかった。小学生のときは、泣いたり、ぼんやりしたり、何か空想したりして、ただひたすら、自分が大きくなるのを待っていた。

 胸をうたれたのは、殻に閉じこもっていた時間もまた、彼女の心を育てるためには必要不可欠だったと感じたからだ。他人との関わりを疎かにしてきたコノカは、そのツケを払うように不用意に傷つけられ、傷つけもする。けれどその痛みも含めて、彼女が彼女らしく生きるために必要な過程だったのだと。
 雑誌『ダ・ヴィンチ』(2017年2月号)で、本作について令丈さんにお話をうかがった際、こんなことをおっしゃっていた。

誰だって要領よく生きていきたいし、面倒な手続きもできることなら避けていきたい。だけど何事も、小さな一歩をおざなりにしていきなり結果を得ることなんてできませんよね。私自身が人一倍面倒くさがりで手抜きするタイプだったからこそ、日々の本当に小さな積み重ねが何より大事だってことを痛感しているんです。

 白ハリくんという相棒に導かれ、こつこつと一歩を重ねながら、自分だけの幸せを見つけたコノカ。終盤にかけて直面せざるをえない現実はあまりに胸が痛むけれど、それでも前に進み続けるひたむきさを相棒に、読者である私たちもまた、自分だけの幸せを探しにいくことができる。彼女の人生の詰まったこの物語は間違いなく、おっこちゃんに続く私の「推し」であるし、不器用だけどがんばりやな誰かの、希望となるに違いない。

▼令丈ヒロ子『ハリネズミ乙女、はじめての恋』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321903000417/

[レビュアー]橘もも(作家)

KADOKAWA カドブン 2020年3月19日 掲載

KADOKAWA

最終更新:4/8(水) 11:10
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