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大沢在昌初期の傑作! 六本木を舞台に闇に生きる人々を“透明に”描く5篇『深夜曲馬団 新装版』

4/1(水) 17:00配信

Book Bang

文庫巻末に収録されている「解説」を特別公開! 
本選びにお役立てください。
(解説者:井家上 隆幸 / 作家)

 八三年夏から八九年秋にかけて発表した五つの短編をまとめ、一九八五年度日本冒険小説大賞短編賞を受賞した『深夜曲馬団』(初出・光風社出版、85・7・20)は、大沢在昌という作家と『新宿鮫』シリーズで出会った読者には、一瞬「おやッ? !」と思われるような作品であるかもしれない。あれほどに、新宿の喧騒と猥雑、法の境界線がいとも簡単に突破される街と、そこに蠢く人間たちを活写した作家が、この作品ではなんと生活の臭いのまったくといってよいほど希薄な小説を書いていたことか、と。

 なるほど、ここには『新宿鮫』シリーズにあるような〝現在性〟というか、新宿という喧騒猥雑な〝国際都市〟の〝暗渠〟で展開されているだろうと思わせる犯罪もなければ、主人公鮫島をめぐる警察内部の軋轢もない。鮫島と、恋人のロックシンガー晶や、ゲイバーのマスターらとの人間模様もなければ、凶悪な敵の存在もない。あるものは、なにかすべて透明な感じのする「街」であり「人」だけだ。

 だが、そういう疑問も、大沢在昌の小説を〝源流〟に向かって遡っていくにしたがって、ああ、これが大沢在昌のハードボイルドの根幹にあるものかと氷解するにちがいない。

 一九七九年、「感傷の街角」で第一回小説推理新人賞を受賞し、二十三歳でデビューした大沢在昌は、八三年に上梓した『野獣駆けろ』に著者のことばとして、「人生をゲームとして生きる──そんな男に憧れている。暇つぶしに命を賭け、敗者に待っているものが死だとわかっていても笑える男がいい。金もある、女性にも愛される。しかもクールで、闘う理由を問われたら『退屈だったから』と答えるような男だ」と書いているように、主人公たちをとりかこむ〝状況〟──〝現在性〟といってもいい──にはほとんど関係なく、ただただ「理想の男」像を描きだすことに専念してきたといっていい。大沢在昌にとっては、ハードボイルド小説とはそういうものであったのだ。

 レイモンド・チャンドラーによれば、ハードボイルドの主人公は「卑しい街をひとり毅然として行く騎士」ということだが、大沢在昌にとって「卑しい街」とは「粗野な街」というのではなく、男が「人生をゲームとして生きる」にふさわしい「街」、そういう男の相手をするにふさわしい男たちがいる「街」でなければならなかったのだ。

 しかも、しばしば「大人の経験」というやつをつきつけられ、背伸びしてその世界に入っていかなければならない「新宿」とちがって、「六本木」は「大人の経験」を拒否することができる街だ。「人生経験」ということでいえば、真っ白な若者同様、真っ白な街だ。だから、大沢小説をお読みになればわかることだが、舞台は「新宿」ではなく「六本木」でなければならなかったのだ。

 しかし、人はいつかは「大人」になる。人生の経験をつみ、自分の真っ白な部分を何色かに塗っていく。いかざるをえない。大沢在昌も、実人生の経験をつみ、作家として〝成熟〟していくにつれて、もはや透明な「街」では生きていけないという〝事実〟に直面する。当然、小説の主人公たちも、闘いの動機を問われて「退屈だったから」とだけいってはいられなくなる。

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最終更新:4/8(水) 11:10
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