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ディウフ元会長がコロナの犠牲に。多くの人に愛された名物会長

4/3(金) 11:11配信

footballista

文 小川由紀子

 とても悲しいニュースが飛び込んできた。

 マルセイユの元会長パプ・ディウフ氏が3月31日、新型コロナウイルスに感染して亡くなったのだ。

 セネガル国籍のディウフ氏は、セネガル滞在中に感染し、フランスのニースで処置を受けるべく搬送しようとしていたところで息絶えた。享年68歳だった。

 ディウフ氏は2005年から2009年まで、マルセイユの会長を務めていた。彼のことをよく覚えているのは、ちょうど中田浩二さん(現鹿島アントラーズ クラブ・リレーションズ・オフィサー)がマルセイユに移籍した時の会長だったからだ。

真摯で誠実な人柄

 アフリカのチャド共和国で生まれ、セネガルで育ったディウフ氏は、18歳で単身マルセイユに渡った。政治学を学んだ後にスポーツ紙のジャーナリストとなり、当時はマルセイユを取材する側だった。それから選手のエージェント業を始め、バシール・ボリやマルセル・デサイー、若き日のサミル・ナスリなど、多くのトッププレーヤーのキャリアをサポートした。

 マルセイユのフロントに入ったのは2004-05シーズンから。当初はGMだったが、前任者のクリストフ・ブシェ会長がシーズン途中に辞任したため、彼が後任に任命された。

 まだGMだった2004年11月、リーグ戦とカップ戦で宿敵パリ・サンジェルマンに2連敗し、サポーターの怒りも爆発してジョゼ・アニゴ監督が辞任すると、ディウフ氏は元日本代表監督のフィリップ・トルシエ氏を後任に招いた。

 中田浩二さんの獲得はトルシエ監督が切望したものだったが、中田さんと鹿島との契約がちょうど2005年1月に切れるということで、移籍金の発生をめぐる交渉は難航した。

 広報担当者からは明確な情報を伝えられず、ダメ元でディウフ会長を直撃したところ、会長は彼自身の携帯電話の番号を私に教えてくれた。

 そしてその後は進展がないかと電話するたびに、ディウフ会長はその時点で答えられる範囲のことを真摯に話してくれたのだった。

 クラブ間の交渉の末に中田浩二さんの移籍は成立したものの、その後マルセイユ側の書類の記入ミスであわやリーグから移籍の認可が下りない、というピンチに陥ったため、状況を確認するべくディウフ会長に 逐一、 電話連絡する羽目になったが、留守電にメッセージを残せばコールバックしてくれるなど、ビックリするほど誠実な方だった。

 憶測で書かれるより正確な情報を与えた方が良いと思ったのだろうし、自身もかつてスポーツ紙のジャーナリストだったから、こちらの状況を理解してくれていたのかもしれない。

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最終更新:4/3(金) 11:11
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