ここから本文です

レアルの歴史を塗り替えた唯一の男。 英雄が語った「マドリードの真理」

4/3(金) 17:00配信

webスポルティーバ

レアル・マドリード王者の品格2

 レアル・マドリードは、ジネディーヌ・ジダン監督が率いる"世界選抜"のようなチームである。ウェールズ代表FWガレス・ベイルのように怪物的なポテンシャルを持った選手でさえ、ポジションは与えられない。チーム内の競争が、"外敵"と当たった時の強さに転じているのだ。

【動画】チャンピオンズリーグ決勝のゴラッソ

 その点、ひとりのスターが優遇されることはない。クリスティアーノ・ロナウドでさえも、それは同じだった。去る者は追わず。そこにマドリディスモの本質はある。マドリディスモはマドリード主義と訳すことができるが、"堂々と戦って勝利をつかみ取る"という教義、伝統、あるいは信仰のようなものか。クラブが選手よりも価値を持ち、その歴史を積み重ね、選手は常に入れ替わるのが鉄則だ。

 どれだけ優れた英雄的選手であっても、マドリード以上の存在にはならない。しかし過去にひとりだけ、例外のアルゼンチン人選手がいた。

 1950年代、アルフレッド"ドン"ディ・ステファノは、アルゼンチンの名門リーベルプレートでゴールを量産していた。最初に契約したのはバルセロナだった。そのままいけば、リオネル・メッシのさきがけとなるアルゼンチン人選手になっていたかもしれない。

しかし、政治力のあるマドリードはスペインサッカー連盟に、移籍に関するルール改正を働きかけ、その契約を白紙に戻させてしまう。話し合いにより、1年ごとに双方のクラブでプレーするという流れになった。一方、バルサは不当な決定に不満を持ち、不要論も上がり(ディ・ステファノはバルサの選手として出場した親善試合では不発だった。また、当時バルサにはラディスラオ・クバラというエースもいた)、結局、その保有権を手放した。

 そしてディ・ステファノは、マドリードの英雄になった。

「金髪の矢」

 その異名は、引き絞られた弓から放たれた矢のようなスピードと破壊力を形容していた。どんな体勢でも、来たボールをネットに放り込むことができた。フィジカル的なパワーと決定力は、クリスティアーノ・ロナウドに近いだろう。同時に技術を生かしたキープ力抜群で、ターンは美しく、とにかくボールを奪われなかった。相手をひらりとかわす、そのバレリーナのような姿はジネディーヌ・ジダンと重なる。

1/2ページ

最終更新:4/8(水) 19:47
webスポルティーバ

こんな記事も読まれています

あなたにおすすめの記事