2020年、マツダは創立100周年を迎えた。創立記念日の1月30日、広島本社の講堂で開かれた100周年記念式典で、マツダのデザイン部門を率いる前田育男常務は、100周年の記念品として配布したピンバッジと1冊の本について触れた。この2つにマツダが込めた思いとは。
【関連画像】2020年の創立100周年を記念して従業員に配布した「100周年記念ピンバッジ」。かつての「マル工マーク」に現在のCIを重ねた、これからの100年の起点となる存在
「100周年記念ピンバッジ」と「マツダ百年史」の「エピソード編」はどちらも、従業員に配布した100周年の記念アイテムだ。100周年を社外への発信力を高める好機と捉え、まずは社内に歴史やDNAを浸透させようとの考えから、19年2月に発足した社内の100周年プロジェクトチームが企画した。同チームは専任スタッフに加え、さまざまな部署のスタッフが参加したクロスファンクショナルチームだ。
本を通じてマツダの過去から現在に至る経緯を従業員が共有し、向かうべき未来を考えさせる。ピンバッジは、ブランドのDNAに立ち返るための、従業員とブランドとの接点として位置付けた。
一連の取り組みは、ブランドDNAの社内への浸透をサポートし、社内から社外へとにじみ出ることを狙ったインナーブランディングの一環だ。具体的には、例えば店舗での接客時など、クルマの機能に加えてマツダのものづくりの理念やストーリーを語ることで、社外にブランドが浸透していく効果を期待している。
●まずはキーマン30人が歴史を掘る
プロジェクトチームは、立ち上げから半年ほどで100周年の取り組みの概要を決定した。ピンバッジと本といったアイテムの配布に先立って進めたのが、先人の考えなど、自社の歴史を振り返る活動だった。
購買やマーケティング、広報といった各部署から1人ずつ、30人ほどのキーマンを選出。過去の資料を探すだけでなく、OBを訪ねて話を聞くなど、部門ごとに歴史をひもといていく。これらをまとめた資料を用いて各部署で対話をし、さらにキーマンが月1回のペースで集まって情報を共有。過去を学び、対話することで、各従業員が次の100年に向けて何をしていくのか自問するきっかけを創出した。
ピンバッジのデザインも、過去を遡って導いた。ピンバッジ外周の赤い部分は、かつてマツダで使われていた「マル工マーク」がモチーフだ。地球や社会を示す赤い円形と、工業の「工」という漢字を組み合わせたマル工マークは、社名が現在のマツダになる以前、東洋工業時代にコーポレートマークとして使っていた。工業で社会に貢献するという創業者の信念が込められている。
マツダは、1920年に東洋コルク工業として創立。27年に東洋工業と社名を変え、50年以上マル工マークを使い続けた。マル工マークと現在のCIを重ねたピンバッジは、これを身に着けて創業時の思いに立ち返ってもらい、仕事に対する誇りや自信を育むことを狙う。
ピンバッジの製作は専業メーカーに依頼した。ベースが若干丸みを帯び、現在のCIを立体的に組み合わせた造形は、立体を作る自動車会社のノウハウなど、両者の知恵を出し合って実現したという。デザインを手掛けたデザイン本部の石原智浩氏は、「マツダは立体表現に並々ならぬこだわりを持つ。ピンバッジといえども立体感には注力した」と語る。
石原氏は、マツダ百年史のエピソード編のデザインも担当した。マツダ百年史は、「正史編」「図鑑編」を含め3編から成るが、従業員やOBに広く配布したのはエピソード編のみ。エピソード編は他の2冊と比べ、読みやすさや面白さを重視した。企業よりも人にフォーカスし、読み物として親しみやすい内容とした。
普段から身近に置き、すぐに手を伸ばせる存在にしようと、電車内などでも読みやすいように片手で持てるサイズとした。約300ページで厚みはあるものの文庫本よりも一回り大きい判型は、こうした意図から決定した。
1月30日の創立記念日には、「すべての皆様に、ありがとう。」とメッセージを込めた新聞広告を出した。この先は、2016年から開催してきたファン向けイベント「オープンデー」をはじめとして、社外へのブランド発信にも力を入れる。2つの記念アイテムが、100周年を軸にこれからの100年を見据えて動き出した、新たなブランド発信の起点となっている。
廣川 淳哉
最終更新:4/3(金) 6:00
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