この連載では、読者から募ったエピソードを元に、フラワーアーティスト東信さんが世界にひとつだけの花を作ります。その花を通して紡ぎだされる、贈り主と大切な人の物語をお届けします。
〈依頼人プロフィール〉
佐々木和歌子さん(仮名) 58歳 女性
東京都在住
会社員
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大好きな父が亡くなって今年で19年です。毎年この時期になると、いまだに父を思い出しては涙が出てきます。
私たち姉妹には姉が2人いたそうですが、流産してしまい、やっとのことで生まれたのが私たち年子の姉妹。母は、気に入らないことがあると手を上げ、育児放棄(ネグレクト)のようなところがありましたが、父は私たちにほんとうに愛情をかけてくれました。
父は、毎年3月3日には庭の桃の木から花を摘んできて、わざわざ杵(きね)でついたお餅をひし形に切り、七段飾りのひな壇にお花と一緒に飾ってくれました。私たちが「もういいよ」と言ってもきかず、その習慣は高校を卒業するまでずっと続きました。
私が30歳を超えた頃、両親は離婚し母が家を出てからは、父は私と一緒に暮らしていました。毎日顔を合わせていたので、父の変化にはなかなか気付きませんでした。あるとき「このごろ胃腸薬ばかり飲んでいるな」と思っていたら、どうやら胃の調子がかなり悪いよう。親戚の医者に一度検査をしてもらうことになりましたが、いつも病院には1人で行く父が、その日は珍しく一緒に来てほしいと頼んできました。あとで思えばなんとなく嫌な予感があったのでしょう。検査の結果、スキルス性の胃がんだったことがわかり、すでに腫瘍(しゅよう)は梅干しくらいの大きさになっていました。
そこから3年ほど闘病生活を送り、父は70歳で亡くなりました。白髪も入れ歯もなく、何歳になってもジーンズで若々しかった父は、誰に対しても人懐っこく、みんなから好かれる性格でした。当時私はすでに30代半ばでしたが、会いに行くたびに肩を抱いてきて、主治医には「この子は僕の宝物なんですよ」なんて笑顔で話す人でした。宝物なんて言われ、改めて私は父の子どもに生まれてよかった、と思ったものです。
入院したときに父がつけていたノートは今でも大事に持っています。こうやって父のことを思い出すたびに、本当に大好きなんだなあと改めて実感します。誰からも好かれていた父を本当に心から尊敬しています。
亡くなってから時間は経っていますが、そんな父へ改めて感謝の気持ちを込めて花を贈りたいと思い、応募しました。桜や桃を見るたびに父を思い出すので、春の枝ものか、春らしい花でまとめていただけるとうれしいです。
最終更新:4/4(土) 6:04
朝日新聞デジタル&[アンド]































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