家族と過ごす温かな時間や、日常の小さな違和感。作詞家いしわたりさんの日々の記録を紹介するエッセーです。今回は「お金」を巡る息子さんとのやり取りについて――。
ある時から、お金というのはつまるところ愛する人にしかつかい道がないものなのではないか、と思うようになった。自分を愛している人は自分のためにつかうし、自分自身よりも愛する人ができたらその人のためにつかうし、世界を愛する気持ちが芽生えた人は寄付をしたりする。
次男の3歳の誕生日が近づいたある日、5歳の長男が「お年玉でプレゼントを買いたい」と言い出した。聞くと5千円もするおもちゃを買ってあげたいのだという。
普段からお金の価値は厳しく教えているので、自分の欲しい物も我慢することが多い長男が急にそんなことを言ったのでこちらも驚いて、「いいの?」「本当に?」「ニンテンドーSWITCHを買うためにためてたんでしょ?」と何度もしつこく聞いてしまった。
そのうち彼は「僕のお金は僕の大好きな人に使うって決めたの! 僕のお金なんだから、いいでしょ!」と怒り出した。でも、本人にも葛藤はあるようで目から涙があふれている。「早く! 僕の気持ちが変わらないうちに、早く買ってよ!」と必死に泣き叫ぶので、その勢いに気おされて「よし、わかった」とネットの購入画面をクリックした。
後日、そんなドラマがあったことなど知る由もなく、次男は届いたプレゼントを満面の笑みで抱きしめ、キャッキャと跳びはねて喜んだ。
でも、私にはプレゼントを渡した長男の方が次男よりも何十倍もうれしそうに見えた。仏様のような穏やかな笑みを浮かべて、弟が箱を開けるのをやさしく手伝ってあげている。
お金というのは愛する人にしかつかい道がない。いつかどこかで私が誰かにそう話していたのを聞いて、彼が必要以上に真に受けてこんな行動をしたのだとしたら、ちょっと悪いことをしたなと思っていたのだけれど、杞憂(きゆう)だったようである。彼は今日、股が裂けそうなほど精いっぱい脚を広げて、一歩で三段くらい大人の階段を上ったんだろうなと思った。
(文・いしわたり淳治/朝日新聞デジタル&M)
最終更新:4/4(土) 10:03
朝日新聞デジタル&[アンド]































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