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「不気味なほど空っぽ」なパリ、新型コロナで長引く都市封鎖、その苦境と希望

4/5(日) 16:31配信

ナショナル ジオグラフィック日本版

かつてないパリの光景に写真家は何を感じ、どんな意味を見つけたのか

 パリに生活と仕事の拠点を移して20年近くになるが、これほど静かなパリを見たことがない。不気味なほど空っぽで、静まり返っている。

ギャラリー:「不気味なほど空っぽ」なパリ 写真14点

 当初、人々は何が起きているのかを理解するのに時間がかかった。この新型コロナウイルスは、アジアだけの危機という域をはるかに超えていた。3月12日、パリの学校は休校になったが、直後の週末、街は春の陽気に包まれ、空は美しく晴れ渡り、パリ市民は外出せずにはいられなかった。

 3月16日、すべての意味が明らかになった。エマニュエル・マクロン大統領がフランス全土を対象に、翌日から15日間の自宅待機命令を発令したのだ。その朝、近所のスーパーには、200メートル近い行列ができた。私が写真を撮影していると、数人の買い物客に文句を言われた。私は列に並んでいる人々と話し、彼らはただ恐れているだけだと理解した。危機が訪れることをもっと早く予想しなかった政府に腹を立てている人もいた。

 フランスの試練が始まったとき、英国のロンドンにはまだ人があふれ、活気に満ちていた。米国のニューヨークも同様だ。世界的に有名な大都市の中でも、パリは最も早く空っぽになった都市の一つだと思う。パリとその郊外では、3月30日までに1万1838人が新型コロナウイルス感染症(COVID-19)にかかり、954人が死亡した。フランス全土では、4月3日の時点で5万6261人が陽性と診断され、命を落とした人は4000人を超えた。

 フランス国民の多くは、実際の数字ははるかに多いと考えている。重症患者のみが検査を受けているためだ。ドイツでは毎週10万人以上が検査を受けているが、フランスでは検査態勢が整っていない。死者数も人為的に低く報告されている可能性が高い。病院で死亡した人だけが数えられているためだ。

 衛生当局の予測を見る限り、パリには4月の第1週、新型コロナウイルスの大きな波が到来し、5日前後にピークを迎えると思われる。自宅待機命令は4月15日まで延長された。パリ近郊の症例数はイタリア北部に近づくと、一部の当局者は予想している。イタリア北部では3月29日までに6818人の死者が出た。

 パリ市内で外出する場合、外に出なければならない理由と、自宅を出た時間を記した正式な書類を提示しなければ、当局に罰金を科される可能性がある。パリが封鎖されて間もなく、私はパリ北部の貧しい地区バルベスの市場に行った。その日、市場は混雑しており、取材した人の多くが書類を持っていなかった。しかし、警察に罰金を科される場面は見なかった。

 普段から厳しい生活を送っている貧しい地区では、都市封鎖後、若い男性たちのけんかが頻繁になり、市場はすべて閉鎖された。私は取材許可証を与えられているため、通りや公共の場所へ行き、写真を撮ることができる。小さなアパートには、貧しい家族が軒並み閉じ込められている。自分は恵まれていると痛感する。

 私は、フランスのノルマンディー地方の出身で、18年前からパリに暮らしているが、フランスでフォトジャーナリズムの仕事に従事したことはほとんどない。これまではアフリカの社会問題や、中央アフリカ共和国やリビア、シリア、イラクの戦争を記録することに専念してきた。戦争を取材するときは、痛みや苦しみから距離を置かなければならない。感情に流されず、客観的に報道するためには、一定の距離を保つ必要がある。

 私が自国で起きた事件を初めて報道したのは2015年だった。パリのコンサートホール、カフェ、サッカースタジアムで同時多発テロが起きたときだ。そのときに比べると、今回の新型コロナウイルスの仕事はあまりに違う。見知らぬ人から友人、家族、隣人、そして自分まで、私たち全員に関わる仕事なのだ。

 ある意味、自分と関係のある場所、人々を撮影する方が難しい。私がやりたいことの一つは、封鎖されたパリの象徴的な建造物をさまざまな時間、光で撮影し、その雰囲気を伝えることだ。ルーブル美術館、エッフェル塔、ラ・デファンスのビジネス地区。空っぽの街を写真に収めるのはとても難しい。私は1つの場所に長くとどまり、ときには3時間以上を過ごしている。これまでに撮りためた写真はおそらく4000枚を超える。

 毎日見てきた景色の中に、私は美しさや意味を見いださなければならない。自分の周りにあるものに慣れてしまい、興味深い光景や瞬間を見逃しているかもしれない。現在、街の中心部では、ホームレスの人々をよく見かける。人混みに紛れていたときには気付かなかった人々だ。今、ホームレスの人々はひどい状況に置かれている。街が空っぽで、通行人に施しを求めることもできない。普段使っている公衆トイレも閉鎖された。以前は小規模な支援団体に助けてもらっていたが、現在、ほぼすべての団体が活動を停止している。

 私はホームレスへの影響だけでなく、パリ郊外のキャンプで暮らす移民や難民の現状も伝えたい。これらの人々が「社会的距離」を置くことは不可能だ。マスクや手袋も入手できず、衛生状態をしっかり管理するのは難しい。今後は、国境なき医師団の活動も取材するつもりだ。彼らは移動診療所を立ち上げ、検査や病気の予防に関する教育を行っている。

 私が暮らす街の現状の少なくとも一面を世界の人々に知ってもらうために、今後も数週間にわたって撮影を続けるつもりだ。パリの街を歩き回って気付いたことは、以前より空気がはるかにきれいで、汚染が減ったことだ。ある日、ヨーロッパ最大級のショッピングモール、レ・アールの入り口を撮影していたとき、鳥のさえずりが聞こえてきた。レ・アールのような場所に鳥がいるとは思ってもみなかった。希望の鳥だ。

文、写真=WILLIAM DANIELS/訳=米井香織

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