シーア派聖地ナジャフ滞在2日目。まるでファンツアーのようにシーア派イマーム、アリーの家を訪ねる人たちがいたり、シーア派女子の帰宅後の一コマを見たり、聖なる街のイメージが筆者の中でどんどんと崩れていく……IS(いわゆるイスラム国)支配後のイラクの日常や現地の人々との交流を綴った旅行記。
ナジャフの知人宅で目が覚めた。起きた時には部屋の主であるウラはすでに仕事に出かけていた。
「様子を見に行くね!」と行って、ラフィッドがヒジャーブをしてそろそろと階下へと偵察しに降りて行った。どこに男性の家族がいるかわからない。お客さんとしての家の中での行動はなかなか難しいのだ。
無事にラフィッドが階下から調達してくれた朝ごはんを食べた後、再び、昨日訪れた隣町クーファに向かう。シーア派の正統な後継者アリーがかつて住んでいた「家」を見にいくためだ。
一応、神聖なシーア派聖地巡礼の旅を真似しているつもりなのだが、「墓」である聖廟ならまだしも、住んでいた家を訪れるとなるとどうも夏目漱石の生家とか、正岡子規の生家とか有名人のお宅巡り的なノリを連想してしまう。
それはまるで「ファンによる巡礼ツアー」のよう。手荷物を預けて入場するという行為がさらに観光らしさを高める。
入ってみるとアリーの家はそれほど大きくはなかった。中はどっしりとした壁がくねくねと広がっている。真ん中に井戸のようなものもある。訪れる人があまりに多いのと、おそらく壁を補強したりいろいろやりつくして、当時の面影など感じないほど綺麗に整備されてしまっていた。
それでも「想像上の人物ではなくて、ああ、ここに大昔アリーという人が住んでいたのか」と想像することはできる。
ふと新しい感覚が湧き出て来た。こんなことをいうと全国のシーア派の皆さんに怒られそうだが、私はこれまでアリーやアリーの息子や他のイマームの肖像画を見ると、不気味な、不吉な感じがしていた。
みな、似たような絵なのだが、まずもってあのお目目ギラギラ、まつ毛が長くて、髭モジャにターバンだ。何か企んでいそうな顔にみえる。
しかも私がはじめてアリーらの旗を見たのは、スンニ派が多数派の地域で、イスラム国掃討作戦のために南部シーア派地域から来た部隊が自分たちの存在感を示すために掲げたものだった。
部隊の中にはシーア派色が強いイラク軍の一部門、人民動員軍(ハッシェド・シャービー、当初は民兵組織としてはじまり後に正規軍になった)なども来ていた。スンニ派の住民からは、ハッシェド・シャービーはイスラム国と戦いながらも一般のスンニ派住民にも残虐行為を行なっているなど、悪い噂を聞いていた。私にはシーア派に関連するものを見ると、恐いという先入観を持ってみてしまう節があった。
最終更新:4/6(月) 12:25
Wedge



































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