小笠原弘幸
およそ600年という史上まれに見る長期間、繁栄を誇ったイスラムの盟主「オスマン帝国」。前代未聞の大帝国を築いたのはどんな人物たちだったのか。
ベストセラー『オスマン帝国』(中公新書)の著者小笠原弘幸氏がオスマン帝国の傑物10人を考察する連載。
10人目は、オスマン帝国の建国者である、オスマン一世を取り上げます。
ゆったりとした長衣(カフタン)を身にまとい、ターバンを頭に巻いたこの人物の名は、オスマン。オスマン一世、あるいはオスマン・ガーズィーとも呼ばれる。600年の長きにわたり存続したオスマン帝国の、創始者が彼である。
その右手は、腰に佩(は)いた刀の柄にかけられている。伝承によれば、オスマンは、第3代正統カリフであったウスマーン(位644~656年)の愛刀を、ルーム・セルジューク朝のスルタンから授けられたという。代々、オスマン帝国のスルタンが即位するさいに執り行われた佩刀儀礼では、オスマン一世の刀も用いられた。この絵において、いままさに刀を抜かんとするオスマンの姿は、そうした由緒が意識されているのかもしれない。この絵の作者も描かれた年代も不詳であるが――おそらくは19世紀のものであろう――、この強大な帝国の建国者にふさわしい威厳のある姿が描かれている、といえないだろうか。
とはいえ、現実のオスマンは、この絵のような端麗な容姿ではなく、豪華な衣装もまとっていなかったはずだ。粗野な衣服を身に着け、荒くれ者たちをたばねる棟梁として、猛々しい顔つきをしていたに違いない。
じつは、彼の事績や人となりについて、史実として確かなことはほとんどわかっていない。オスマン帝国の年代記は、建国から1世紀以上のちの15世紀に入ってからようやく書かれるようになるが、そこで描かれる始祖オスマンの姿は、かなり伝説化されているからだ。年代記以外の、たとえば銘文や公文書などの同時代史料もほとんど残っていないから、黎明期のオスマン帝国の歴史を、史実にもとづいて描き出すことは、きわめて難しい。
そこで本稿では、わかりうる限りの事実をおさえつつも、伝承に描かれるオスマンの事績をあわせて紹介していきたい。史実ではないとしても、オスマン帝国の人々が、始祖オスマンについて抱いていたイメージを、伝承はよく示しているからである。
最終更新:4/6(月) 6:05
幻冬舎plus































読み込み中…