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中華料理の達人は、家庭でも料理をすべきか?

4/6(月) 5:45配信

東洋経済オンライン

あなたの配偶者が中華料理の達人で、家では一切料理をしない人だとしよう。「家族のためにおいしい料理を作ってほしい」とお願いして、「仕事は仕事。家で料理しても収入は増えないし、家では料理しない。きっちり分業したほうが効率的」と返されたら、どう考えるだろうか。
人間が「効率」や「お金」だけで生きているのではないことを最先端の経済学で分析した山村英司著『義理と人情の経済学』から一部抜粋・編集のうえ、お届けする。

■妻がすべての家事を行い、夫が仕事に専念すると

 夫婦が生活するためには収入も必要、家事も必要である。例えば、妻がすべての家事を行い、夫が仕事に専念する。このような状態を夫婦間の「分業」とよぶ。普通の経済学者の考え方を見ておこう。ある経済学者が次のような質問を受けた場面を想定する。

 「中華料理の達人は、家庭でも料理をすべきか?」

 もちろん、料理人は妻より上手に料理を作ることができるので、「家族にも本格中華をふるまうといい」と答えたくなる。しかし、大学1年生の「入門経済学」の定期試験で、このように答えると、ほぼ間違いなく「不可」となる。

 なぜかというと、妻の料理にお金を出して食べる客はいないが、家庭で食事をするためには十分である。一方、料理人は家で料理をしても収入は増えないが、店では料理を出すことと引き換えにお金を払ってくれるお客さんがいる。

 つまり、「入門経済学」の定期試験の模範解答は「毎日の収入をより大きくするためには分業して、夫は店だけで料理を作り、妻は家庭での料理を作るべし」となる。言い換えれば、料理人は家庭で料理を作っている暇があれば、稼ぐために店で料理を提供すべきというわけだ。

 以上の分析に私は納得しない。少なくとも血の通った人間は、このように単純に分析できるわけではない。何がおかしいかと言えば、相手への愛情が金銭のみにより変化すると想定するところだ。

 相手への愛情は相手との関係性によって変化するはずだ。分業することで確かに収入は増加するだろう。しかし、それと引き換えに「大切な何か」を失ってはいないのか?  これが、私流の「人情の経済学」からの問題提起だ。

 例えば、夫婦が一緒に共同作業をすることで2人の間で信頼や共感が生まれる可能性がある。人は身近に「共に笑って、共に泣く」存在が必要だ。乳幼児を抱えた母親は精神的なストレスや物理的家事労働の多さにより追い詰められる。とりわけ核家族化が進んだ現在において、親など血縁者の助けを借りることも難しい。

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最終更新:4/6(月) 5:45
東洋経済オンライン

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