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ダヌカさん、再収容めぐり危機的状況続く 不可解極まる東京入管の決定

4/7(火) 16:09配信

週刊金曜日

 3月12日。「よかった!」と喜んだのも束の間、スリランカ人のダヌカさんに与えられた仮放免の期間はまたしても2週間だった。

「2週間の仮放免」は出入国在留管理庁(以下、入管庁)の収容施設の被収容者や、そこを出て仮放免(一時的に収容を解く措置)で暮らす外国人には恐怖の言葉だ。高い確率で「再収容」されることを意味するからだ。

 ダヌカさんは本人のパスポートで入国したのに、「他人だ」として2017年7月から2年半も収容施設「東日本入国管理センター」(茨城県牛久市。以下、牛久入管)に収容されていた。

 外出禁止、面会はアクリル板越しに30分だけ。加えて、いつ出所できるかの展望が皆無なことで、昨年9月に、うつ病、そして、固形物に加え服薬のための水さえも吐く摂食障害を発症。70キロあった体重は47キロまで落ちた。

 そして、最悪の事態が見え始めた昨年末の12月26日、ダヌカさんはようやく仮放免された。

 これは喜ぶべきことだが、ダヌカさんは今も「入管職員が尾行するのでは」との不安で散歩もできないほどのうつ病に苦しんでいる。また摂食障害も続いていて、日本人婚約者Aさんが作るおかゆやスープを摂取するだけだ。

 それでも体重は徐々に増え、56キロまで取り戻すことができた。1月22日の仮放免の更新(延長)手続きでも1カ月間が許可された。少しずつ、普通の日常が戻りつつある気配を筆者は覚えた。

 だが2月25日、ダヌカさんとAさんは絶望の淵に追いこまれる。

 午前9時、ダヌカさんは仮放免の更新手続きのため東京出入国在留管理局(東京都港区。以下、東京入管)に出頭。更新は許可されたが、驚いたのは通例なら1~2カ月もらえる更新期間がわずか2週間だったことだ。それは高い確率での「再収容」を意味する。

 同日16時半、ダヌカさんが自身をダヌカであると認めてもらうべく提訴した裁判の第5回口頭弁論が東京地裁で行なわれた。

 ダヌカさんはこの裁判で初めて「私はダヌカ以外の何者でもない」との趣旨の意見陳述をしたが、驚くことに、その後、鎌野真敬裁判長が「双方の主張は出尽くした」と突然の結審宣言を出したのだ。

 すぐに原告側の指宿昭一弁護士が立ち上がり「今、スリランカから本人が本人であることを証明する資料も取り寄せている。証人尋問もしていない。この裁判の結論はもう決まっているんですか!結審はあり得ない」と反論。だが裁判長の姿勢が変わらないと見ると「では裁判官に忌避を申し立てます」と明言し、鎌野裁判長も「では忌避理由書の提出を」と発言し閉廷となった。

【再更新はまたしても2週間】

 忌避申立をしたことで結審は回避できたが、この日の二つの出来事は以後の2週間を「地獄でした」と言わしめるほどにダヌカさんの心に深刻な打撃を与えた。

「再収容への不安から、再び液体も吐いています。体重も53キロまで減りました。夜中に何度も目が覚めるんです」

 2週間後の3月12日。東京入管の待合室でダヌカさんは筆者に「おそらくダメだから」とカバンに詰めた着替えなどを見せてくれた。そして悲痛な覚悟で面会室に入っていった。ところが15分後、ダヌカさんは待合室に顔を出し笑顔で「OKです!」と報告。そこにいた関係者は「よかった!」と静かな拍手を送った。

 だが仮放免の更新手続きで、同伴した駒井知会弁護士は驚いた。またしても許可された期間は2週間だったのだ。理由の開示はない。Aさんは「あり得ない」と一転顔を曇らせた。

 駒井弁護士は担当職員とのやりとりから、次回の更新手続きで必ず再収容があるとは考えにくいと説明した。しかし問題は、2週間の仮放免は毎日を不安と絶望感に満ちたものにすることだ。

 それでも再収容に至らなかったのは、マスコミ報道や支援活動、国会議員主催の院内集会への参加など世論の高まりがあったからとダヌカさんは感謝する。

(樫田秀樹・ジャーナリスト、2020年3月20日号)

最終更新:4/7(火) 16:10
週刊金曜日

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