歌川広重「名所江戸百景」では第34景となる『真乳山山谷堀夜景』。数多く登場する桜の中でも珍しい、葉桜を描いた一枚である。
以前も書いたが、『名所江戸百景』は安政江戸地震(1855)の壊滅的な被害から復興した江戸の姿を描いたシリーズである。全118景(119枚)のうち3分の1以上の42枚が春の景で、その半分近くの20枚に桜の花が登場する。春の象徴・桜は、まさに復興を表現するのにふさわしかったのだろう。
今回は、その中でも唯一「葉桜」を描いた絵だ。向島・三囲神社(墨田区向島2丁目)近くの墨堤から、隅田川越しに対岸の山谷堀と聖天宮(しょうでんぐう、現・待乳山聖天、台東区浅草7丁目)がある待乳山(まつちやま)を望んでいる。有名な墨堤の桜と、ちょうちんに導かれてお座敷に向かう芸者を「枠」とした広重お得意の構図だが、花が散りかけた葉桜で、芸者の着こなしや表情がやぼったく、桜の絵としては寂し気な夜景である。
一方、対岸の山谷堀入り口付近はにぎやかだ。橋脚が見えるのは今戸橋で、その両側の料亭には煌々(こうこう)と明かりがともり、宴会の笑い声が聞こえてきそうだ。近くの川面には猪牙舟(ちょきぶね)や屋根舟が数多く浮かんでいる。山谷堀の上流にあるのは、“毎夜が祭り”の「吉原遊郭」。日本橋や両国辺りの旦那衆は、ここまで舟でやって来て、腹ごしらえをしてから、山谷堀沿いの土手通りをかごか徒歩で吉原へ向かったという。
しっとりとした向島側の近景が、主題である対岸の遠景をより華やかに引き立たせている。空に輝く満天の星、水面に映る星影は、散り落ちた桜の花弁と混ざり合い、「陽」と「陰」の調和をはかっているようだ。
実は安政江戸地震の翌年の1856(安政3)年、名所江戸百景の刊行開始直後にも大型台風が江戸の町を襲った。数多くの建物が倒壊や浸水の被害に見舞われ、今戸橋の近くにあった料亭も損壊したと伝わっている。この絵の年月印は安政4(1857)年8月。たった1年後には、新しくなった料亭が繁盛し、吉原の毎夜の祭りも復活を遂げたことが読み取れる。葉桜も江戸時代には、新緑の始まり、暖かい季節の到来を象徴するめでたいものであった。
写真は2019年、隅田公園・墨堤から、待乳山聖天の屋根を中央、今戸橋辺りを右に、桜の枝越しに撮影した。向島の隅田川沿いは徳川8代将軍・吉宗の時代からの桜名所で、葉桜になっても夜遅くまで花見客でにぎわい、人けがない景色を撮影できたのは夜の11時頃だった。
2020年春は新型コロナウイルス感染症拡大の影響によって、花見は自粛となり、「墨堤さくらまつり」も中止となった。来年は、世界中の人々が花見を楽しめることを切に願う。
最終更新:4/7(火) 15:26
nippon.com





























読み込み中…