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牧歌的な2気筒エンジンからグループBラリーまで突き進んだ「シトロエン・ビザ」

4/8(水) 12:09配信

朝日新聞デジタル&[アンド]

【&M連載】小川フミオのモーターカー

スタイリッシュとはいえない。でもキュートな印象。と表現したくなるのが、シトロエンが1978年に発表した「シトロエン・ビザ」だ。

全長3690ミリとコンパクトな4ドアで、フランスでは、たとえばルノーサンクの競合として企画されたモデルである。初期は、シトロエン2CVとその高級版ディアーヌの上に位置づけられ、空冷2気筒の小さなエンジン搭載車もあった。

72年発売のルノーサンクが、フランスでは好まれないと言われていた2ドアボディーながら商業的成功を収めていた。しかし、シトロエンとその親会社であるプジョーグループは冒険を避けて、4ドアのハッチバックと順当な路線を選択した。

おもしろいのは、生産されているうちに、コンセプトがけっこう変わったことだ。当初は機能主義的な大衆車である。ダッシュボードはユニークな造形だが、使い勝手を突き詰めるとこうなる、というのがメーカーの主張だった。乗り心地もよい。荷物も積める。理想主義的なデザインだった。

81年にフロントマスクを含めた外観が変わり、さらに85年にはダッシュボードのデザインが“フツウ”になった。このとき、プジョーグループではビザの位置づけを、“2CVの上に位置づけられる大衆車”から“走りも楽しいプジョー205の姉妹車”へと変更したのだ。

フランスでは当時、都会の片隅や田舎町で、車体にちょっとサビが浮き、フロントマスクに使われている合成樹脂が白ちゃけたビザを見かけたものだけれど、83年に「ビザGT」が、続く84年にプジョー205GTIと同じエンジン搭載の「ビザGTi」が登場したことで、イメージががぜん若々しくなった。

シトロエンでは82年に、ビザをベースに、高性能エンジンと軽量車体のモータースポーツ用車両として「ビザ・トロフェ」「ビザ ll クロノ」を開発。84年には本格的にラリーで走るための4WDシステムを備えた「ビザ・ミルピスト」まで送り出したのだ。

70年代から80年代にかけて、クルマはものすごい勢いで変わっていった。ビザはいい例だ。最初は牧歌的な2気筒エンジンだったものが、最後は、当時のモータースポーツのカテゴリーでいうところの「グループB」まで突き進んでいったのだから驚く。

まあ、この流れを俯瞰(ふかん)すると、実用からモータースポーツまで、人とクルマとの付き合いの幅広さがよくわかる。私は80年代にビザGTを買おうかというところまでいった。

結局、私は別のクルマを買ってしまった。でも、凝った内装と、活発な走りのビザGTだから、いわゆるクルマ生活が楽しめただろうなあと、そのとき躊躇(ちゅうちょ)したことを後々まで後悔したものだ。

(写真=Citroen提供)

【スペックス】
車名 シトロエン・ビザGT
全長×全幅×全高 3690×1526×1398mm
1360cc直列4気筒 前輪駆動
最高出力 80ps@5800rpm
最大トルク 11.0kgm@2800rpm

朝日新聞社

最終更新:4/8(水) 12:09
朝日新聞デジタル&[アンド]

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