ここから本文です

「俺は誤解されていた」正当な評価を得られなかった“選ばれし即興パフォーマー”ジェイソン・ウィリアムズ

4/8(水) 17:25配信

THE DIGEST

 NBA史上最高のポイントガード(PG)と言えば、誰を思い浮かべるだろう。オスカー・ロバートソン、マジック・ジョンソン、アイザイア・トーマス、ジョン・ストックトン、ジェイソン・キッド、スティーブ・ナッシュ、クリス・ポール、ステフィン・カリー……、その候補は多岐にわたる。その括りを「最もクリエイティブな~」に変えた場合、新たに浮上するのがジェイソン・ウィリアムズだ。

【動画】クリエイティブなプレーでファンを虜にした魔術師ウィリアムズのキャリアハイライト

 ヴィンス・カーター(現アトランタ・ホークス)、ダーク・ノビツキー(元ダラス・マーベリックス)、ポール・ピアース(元ボストン・セルティックスほか)らのちのスーパースターが揃った“当たり年”の1998年ドラフトでサクラメント・キングスに1巡目7位で入団したウィリアムズ。プロ12年間でオールスター選出歴はなく、通算成績は1万得点、5000アシストにも満たない。それでも、彼が記録以上に“記憶に残る選手”だった所以は、ストリートバスケを彷彿とさせるトリッキーなプレーだった。

 ウエストバージニア州の人口1500人未満の田舎町ベルで生まれたウィリアムズは、デュポン高校でのちにNFLのスターとなるランディ・モスとチームメイトだったため、いくつかの大学からオファーはあったものの、決して有名選手ではなかった。それだけに、7位という高順位指名には本人も「そんなに高くなるとは思わなかった」と振り返ったほどだが、ニューヨークにあるストリートバスケの聖地ラッカーパークで腕を磨いたかのようなボールハンドリングとテクニックはすぐさまNBAで注目を集めた。
 
 華麗なノールックはもちろん、ビハインド・ザ・バックや股抜きもお手の物。ルーキーイヤーの1998-99シーズンには、守備の名手ゲイリー・ペイトンを切れ味鋭いクロスオーバーで置き去りにしてみせた。

 2000年のオールスターウィークエンドに行なわれたルーキーチャレンジ(現ライジングスターズ・チャレンジ)で見せた、ビハインド・ザ・バックと見せかけて右肘にボールを当て、リーフ・ラフレンツにパスした伝説のエルボーパスは今でも語り草だ。白人でありながら黒人カルチャーのストリートスタイルだったことからウィリアムズには“ホワイト・チョコレート”というニックネームがつけられた。

『The Athletic』のジェームズ・L・エドワーズ三世記者は、ウィリアムズを「私のお気に入りのプレーヤー」と称し、彼がいかに“異色の存在”だったかを訴えている。

「ウィリアムズはマジシャンだった。彼ほどクリエイティブな選手はまずいない。彼は“選ばれし即興パフォーマー”で、普通ならばベンチに下げられるような失敗を恐れなかった。誰もが彼と一緒にプレーしたがっているように感じた。ウィリアムズはキャリアを通じて多くの選手に恥をかかせ、それを同時にチームメイトのプレーレベルを上げた。彼は最も型破りな昔ながらのポイントガードだ」
 

1/2ページ

最終更新:4/8(水) 17:25
THE DIGEST

こんな記事も読まれています

あなたにおすすめの記事