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元文春編集長の懺悔録、「加害者家族取材で泣く記者」が伸びる理由

4/8(水) 6:01配信

ダイヤモンド・オンライン

 文芸春秋に入社して2018年に退社するまで40年間。『週刊文春』『文芸春秋』編集長を務め、週刊誌報道の一線に身を置いてきた筆者が語る「あの事件の舞台裏」。「週刊誌なんて他人の家庭に土足でズカズカ上がり込む人種だ」と思っている人は多いはず。そんなステレオタイプなイメージと、実際の現場のギャップとは…。(元週刊文春編集長、岐阜女子大学副学長 木俣正剛)

● 取材の失敗で血を吐いた 結婚式前夜の大ピンチ

 はじめまして、木俣正剛と申します。出版社・文芸春秋に40年間勤務し、今は岐阜女子大の副学長をしています。文春時代を振り返れば、失敗だらけの人生です。そして、成功より失敗の方が記憶に残っています。失敗も成功も含めて、40年間出会った人々と仕事のすべてを書き残しておきたい、そう思っています。

 私事ですが、私の結婚式のことからお話をさせてください。私が結婚したのは11月22日。後世「いい夫婦」と呼ばれる日です。しかし、結婚式を挙げることはできませんでした。前日まで、週刊文春の記者として、ある事件の取材をしていたせいです。

 東京・高井戸のマンションで、中学生が通風口を伝って隣室に忍び込み、女子大生をレイプするという、当時としては珍しい少年事件が起こりました。まだ新人同然の私は、町中を歩いて加害者宅を突き止め、加害者の父親が某都市銀行の支店長ということまでは調べ上げました。新人にしては上出来だったと思います。

 編集長の指示は、とにかく加害者少年がどんな教育を受けていたのか、「親の手記」を取ってこい、です。

 今度は先輩記者と一緒に銀行の支店に向かいます。銀行前の公衆電話から電話をかけました。支店長が電話に出ました。「週刊文春のものですが」と名乗った瞬間、電話口でゴクリとつばを飲みこむ音がしました。相手は多分50歳以上。記者は23歳。本当は上司より年上の男が、緊張しきっているのがわかります。私は、先輩に教えられた通りに切り出しました。

 「私たちの意図は、あなたの家庭教育の内容が知りたいだけです。絶対に会社名を出したり、個人名を出したりしません。取材に応じていただけるなら、受付では名前だけ名乗ります」

 そして、続けて「もし、応じていただけないのであれば、受付で名刺を出さざるを得ません」。

 支店長は夜自宅でなら応じると必死で答え、逡巡する私を先輩記者は後ろから蹴っています。結局、夜、自宅に行くことにしたのですが、家はもぬけのから。冷たい視線を浴びながら自宅に帰りました。明後日は結婚式だ…と思いつつ1人で寝て目覚めると、なんだか気持ちが悪い。

 トイレに行って吐くと血でした。17歳で手術して半分しかない新人記者の胃は、完全にイカれてしまったらしいのです。

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最終更新:4/8(水) 10:40
ダイヤモンド・オンライン

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