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悩める木下藤吉郎が、いつの時代も変わらない働く人たちの葛藤を浮き彫りにする『愚か者の城』

4/8(水) 7:00配信

Book Bang

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(評者:末國善己 / 書評家)

 二〇一九年の矢野隆は、『朝嵐』『至誠の残滓』『源匣記 獲生伝』を刊行、アンソロジー『戦国の教科書』に参加するなど目覚ましい活躍をみせた。木下藤吉郎(後の豊臣秀吉)の立身出世を現代人が共感できる物語に変えた『大ぼら吹きの城』の続編『愚か者の城』は、著者の勢いが二〇二〇年も続くことを確信させる傑作だ。

 前作は、天下人になりたいと考えていた無名の藤吉郎が、織田信長の目にとまり、やはり武士から侮られている蜂須賀小六ら川並衆と手を携えて、敵地・墨俣で城の建設に挑む痛快な物語だった。本書は、藤吉郎らの奮闘で美濃を手にした信長が、将軍家の出だが流浪の足利義昭を将軍にするため、上洛を目指すところから始まる。

 藤吉郎は論功行賞で二千の兵を指揮する侍大将になっていたが、密かに想いを寄せていた信長の美貌の妹・於市が浅井長政に嫁ぐと知り衝撃を受け、その恋心を糟糠の妻・於禰に知られ夫婦仲が険悪になる。

 その頃、六角義賢を一蹴した信長は、上洛の次の障害となる朝倉義景の排除を進めていた。信長のさらなる信頼を得るため藤吉郎も前線で奮闘すると思いきや、出世して失うものが多くなった藤吉郎は臆病になり、自分が成すべきことを見失ってしまうのである。

 迷える藤吉郎をさらに苛立たせるのが、義昭に仕える明智光秀の存在である。陽気でおしゃべりなのは藤吉郎と同じだが、光秀には腹の中で何を考えているか判然としない不気味さがある。藤吉郎を意識している光秀との出世競争も、物語を盛り上げることになる。

 信長は、古くから盟友だった朝倉と浅井の間に楔を打ち込むため、於市を長政に嫁がせた。朝倉を攻めても長政は味方すると考えていた信長だが、その目論みは外れ、朝倉、浅井に挟撃され退却を余儀なくされる。いわゆる“金ヶ崎の退き口”である。

 この時、殿軍を引き受けた藤吉郎と徳川家康は、寡兵で敵軍を翻弄し、信長を始めとする友軍が逃走する時間を稼ぎ、自分たちも生還した。“金ヶ崎の退き口”は、墨俣築城と並ぶ藤吉郎の武勲とされがちだが、著者は今までにない解釈で苛酷な撤退戦を活写している。アクションには定評のある著者だけに、勢いに乗る追撃軍を迎え撃つ藤吉郎・家康連合軍の戦いは圧巻だが、読者は見たことのない藤吉郎の姿と合戦の顛末に衝撃を受けるだろう

 “金ヶ崎の退き口”の虚名によって、これまで特に見下されていた柴田勝家、丹羽長秀にも一目置かれるようになった藤吉郎だが、苦手な分野がある現実を改めて突き付けられ、意気消沈する。上司の命令に従い走り続けた前作の藤吉郎を希望に満ちあふれた新入社員とするなら、現在の地位に汲々とするあまり守備に徹し、転職してきた有能なライバルにも脅える本書の藤吉郎は、成果を求める上司と面倒をみている部下の板挟みになるストレスを抱えているが、家族の生活もあるので仕事は簡単に辞められず、厳しい出世レースを続けるか、競争から降りて精神的に楽になるかで悩む中間管理職に近い。その意味で本書は、いつの時代も変わらない働く人たちの葛藤を浮き彫りにするお仕事小説にもなっているので、特に責任ある仕事を任される二〇代後半以上の世代は、悩める藤吉郎に共感も大きいのではないか。

 持ち味を失った藤吉郎が立ち直る切っ掛けを作るのが、竹中半兵衛である。隠棲していた半兵衛は、信長の家臣になるよう説得にきた藤吉郎の器量を見抜き、信長ではなく藤吉郎の与力となる。ここまでは定番の歴史小説と同じだが、本書の半兵衛は毒舌で、藤吉郎にきつい言葉を投げかけることも少なくない。ただ藤吉郎に迷いを吹っ切って欲しいと願う半兵衛の言葉は重く、仕事に悩む現代人にも勇気を与えてくれるはずだ。『常山紀談』の「打見たる処は婦人のごとし」の一文から美男子とする作品が多い半兵衛だが、著者は想像を絶するキャラクターにしている。そこにも注目して欲しい。

 自分の弱さと愚かさを認めた藤吉郎は、邪魔する勢力を平然と殺戮して天下人へと向かう信長の下で戦ううち、ようやく進むべき道を発見する。藤吉郎の決意が、信長への異議申し立てともいえる行動に結実する終盤は、会社の命令と良心が相反した時、どちらに従うのが正しいのかという問い掛けにもなっており、考えさせられる。

 前作の書評で「著者には、同じ歴史観による続編を期待したい」と書いたところ本当に続編が出たので、今回も、名を羽柴秀吉に改めた藤吉郎が、どのようにして自分の理想を実現していくのか。著者には、同じ歴史観による続編を期待したい、で結びたい。

▼矢野隆『愚か者の城』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321912000264/

[レビュアー]末國善己(文芸評論家)
1968年広島県生まれ。明治大学卒業。専修大学大学院博士後期課程単位取得中退。時代小説やミステリー小説を中心に、文芸評論を執筆している。おもな著書に『時代小説で読む日本史』『夜の日本史』などがある。『山本周五郎探偵小説全集』『岡本綺堂探偵小説全集』『龍馬の生きざま』『花嫁首 眠狂四郎ミステリ傑作選』など、全集やアンソロジーの編者としても活躍している。

KADOKAWA カドブン 2020年4月1日 掲載

KADOKAWA

最終更新:4/8(水) 11:10
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