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秋山幸二と佐々木誠の大型トレード。 その裏にあった松永浩美のFA秘話

4/8(水) 6:20配信

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根本陸夫外伝~証言で綴る「球界の革命児」の知られざる真実連載第10回証言者・松永浩美(2)

ホークスの160キロ左腕がブレイクか。工藤監督の金言で制球難を克服

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 阪神移籍1年目の1993年、松永浩美は年間80試合の出場に留まった。シーズンを通して故障に悩まされ、3割近い打率を残すも規定打席に届かず。阪急、オリックスで11年間レギュラーを張ってきた男も、球団とファンの期待に応えられなかった。

 一方、球界は同年オフからのFA(フリーエージェント)制度導入に向けて動いていた。途上、FAとドラフトとのリンクをめぐる紆余曲折を経て、「逆指名ドラフト」が成立。FA問題等専門研究委員会の意向は通らなかったが、9月23日の実行委員会において、新ドラフト制度とFA制度の実施を決定した。

 1カ月後、FA資格取得の60選手が公示。資格を与えられたのは、1シーズンの一軍出場登録が150日以上で、10シーズンを経ている選手。また、FA選手を獲得した球団は、その選手が在籍していた球団に金銭的な補償もしくは人的補償をすることが条件であった。

 当然ながら、60選手には松永も含まれる。選手会でFAを提唱し、改革委員長として制度導入に向けて動いてきただけに、動向が注目されていた。

 そのなかで10月半ば発行のスポーツ紙は<FA宣言1号 阪神・松永がダイエーへ>と見出しを付けた記事を掲載。7月に「今はまったく考えていない」と明言していたFA宣言をする可能性を示し、松永のコメントを載せた。

<その頃は、ほかの連中が権利を使うと思っていた。でも間近に迫った今、オレなりの感じでは、誰も宣言しそうにない。それじゃあ、今までオレたちは何のために動いてきたんだ、という思いはある。

 手を挙げても声がまったくかからないかもしれない。それぐらいのリスクは当然だし、自分の商品価値を問うのもプロなら恥ずかしいことではない。自信があるなら堂々と手を挙げるべき。オレはプロだ。一度、出ているんだ>

<出ているんだ>とは、移籍で古巣を出ているという意味。FA元年ならではの言葉とも言えるが、記事中には<阪神にとってはまさに衝撃的な発言だ>との一文もある。実際のところはどうだったのか──。松永に聞く。

「いざ権利を取得して、すごく迷ったんですよ。その年は故障もあったし、『このまま阪神を出るのもなあ』っていう気持ちもあって......。だから、宣言したうえで阪神に残留することも考えていた。マスコミには『ダイエー』と書かれていたけど、自分としてはフラットな状態。どちらかといえば、その時点ではまだ断る気のほうが強かったですね、根本さんが交渉に来られるとしても」

 同年にダイエー(現・ソフトバンク)監督に就任した根本陸夫は、9月から球団の代表取締役専務、球団本部長を兼務。オーナーから全権を与えられたチーム編成のトップ、実質的にGMになっていた。FAを宣言する選手がいれば、根本自身が獲得に動くことは報じられていた。

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最終更新:5/12(火) 12:43
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