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ポポポ! あのポンセが台湾プロ野球で コーチに。日本進出はあるのか?

4/10(金) 11:40配信

webスポルティーバ

《たくさんのウイルスの心配をいただきありがとうございます。私は元気です。私の周りはパニックを起こしているようには見えませんので大丈夫です。謝謝(シェイシェイ)》

戦力外となった元ベイ戦士が一攫千金を狙う

 3月下旬、かつて横浜大洋ホエールズ(現・横浜DeNAベイスターズ)のスラッガーだったカルロス・ポンセ氏がTwitterに書き込んだこのツイートを目にして、ほっと胸をなでおろした。

 ポンセ氏は、1986年から1990年まで5シーズンにわたってホエールズに在籍し、本塁打王(1988年)、打点王(1987年、1988年)を獲得するなど大活躍。口ひげをたくわえた風貌と人懐っこい笑顔から"スーパーマリオ"と呼ばれて親しまれた。横浜ファンならずとも、プロ野球のオールドファンにとって忘れることができないレジェンド選手だ。

 今年、そんなポンセ氏について驚くべきニュースが飛び込んできた。なんと、ポンセ氏が日本のお隣、台湾プロ野球に加盟する味全ドラゴンズの打撃コーチに就任したというのだ。

 いったい、何が起きたのか? Sportivaはポンセ氏に取材を申し込み、快諾を得た。ところが、時をほぼ同じくして世界中を新型コロナウイルスのパンデミックが襲い、ポンセ氏からの連絡がプッツリと途絶えてしまったのだ。ポンセさん、大丈夫だろうか......? そう気を揉んでいたときに冒頭のツイートが発信され、ほどなく本人と連絡もついて安堵したというわけだ。

* * *

──ポンセさん、ずいぶん心配しましたが、お元気そうでなによりです。このたびは味全ドラゴンズの打撃コーチ就任、おめでとうございます。プロ球団での指導という意味では約20年ぶりの復帰ですが、いまのお気持ちは?

「まず、私が現場に復帰する機会を与えてくれた神に感謝します。私のひとつの夢が叶いました」

──日本のプロ野球で大活躍したポンセさんですが、台湾プロ野球、そして台湾そのものについては、どんな印象を抱いていましたか?

「実際のところ、私は台湾についてはあまり詳しくなかったのですが、そこにプロフェッショナルのベースボールがあることは知っていました」

──すでに現地に在住しているそうですが、実際に住んでみての印象は? 

「台湾はとても美しいところです。山々がそびえ、料理も美味しいですね。台湾の人たちはとてもフレンドリーですよ」

 ポンセ氏といえば、昨年4月に突然、YouTubeで「カルロス・ポンセ公式」チャンネルを開設。地元フロリダの若者にバッティング指導する様子などを、すべて日本語字幕付きで配信し始めた。

 当時、それを見てビックリしたSportivaは、すぐに本人を直撃してチャンネル開設の狙いと近況を聞いてみた。その結果、ポンセ氏が「日本に美しい思い出を持っていて、今でも日本のファンに感謝している」こと、日本を離れてからも「ずーっと、大好きな横浜DeNAベイスターズの監督になりたいと願っていた」こと、アメリカにいながら「ベイスターズの試合をネットでチェックしていた」ことなどがわかった。

 また、メジャーリーグの経験(1985年、ブルワーズに在籍)もあるポンセ氏だが、現役引退後はマイナーリーグのコーチをした後、アマチュア選手を指導するかたわら、「16年間もバドワイザーのトラック運転手をしていた」こと、いまも「フルタイムの指導者として現場復帰して若手を育てたいという熱い想いがある」ことも判明した。  となると、「動画配信」を始めてからわずか1年で、長年の想いが台湾で実現したことになるが......。

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最終更新:4/10(金) 11:40
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