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社会は新型コロナ対策の負担をどう分かち合うのか

4/20(月) 19:29配信

ニューズウィーク日本版

──「将来負担」なる虚構によって歪めてはならない......

新型コロナ対応のための政府の経済対策が、二転三転している。当初は「条件なしの一律現金給付」という案がメディアで報じられていたが、蓋を開けてみると「条件付きで一世帯当たり30万円の現金給付」案となった。それが世論の厳しい批判を受けると、今度は一転して「国民1人当たり10万円」という案が突然浮上した。政官における有力者たちの間で、しのぎを削る土壇場でのやりとりが続いているということなのであろう。

筆者は2020年4月9日付本コラム「新型コロナ対応に必要とされる準戦時的な経済戦略」の中で、最低限の経済活動を維持しつつも感染拡大阻止を最優先しなければならない現局面においては、十分な休業補償や定額給付を通じて人々の最低限の生活を補償しつつ、人々にむやみに働きに出させないようにするのが最重要であることを論じた。報じられている政府の経済対策は、一応はそのような方向性を持っている。しかしながら、現金給付に条件を付けるのか否かで無為に時間を費やすような政治および政策状況は、関係者の多くが一つのありがちな思い込みに囚われていることをも示唆している。

その思い込みとは、「政府が増税以外の手段で休業補償や定額給付を行うとすれば、それは政府の財政赤字=政府債務の拡大を意味し、結局のところは将来世代にとっての負担の拡大を意味する」という把握である。無条件の現金給付には、単に政治や政策の世界だけでなく、一般社会においても大きな抵抗が見出せるが、おそらくそこにもまた「政府財政赤字は将来における自らの負担増加に直結する」といった同様の把握が存在する。その把握はしかし、思い込みを現実と見誤った認識的齟齬にすぎない。

結論から言えば、政府が休業補償や定額給付を行って財政赤字を拡大させたとしても、それが将来世代にとっての直接的な負担になることはあり得ない。というのは、そこで生み出された財政赤字が一国全体の資本ストックに与える影響は、明らかに無視できる程度にすぎないからである。ポール・サミュエルソンがかつて戦費の負担問題に関して論じたのと同様に、新型コロナ対応のための経済的コストのほとんどは、財貨サービス生産の縮小による所得の減少という形で、まさしく今を生きるわれわれが全体として負担するしかない性質のものである。新型コロナ対応の経済政策に関しては、その負担を社会全体でどう分かち合うのかという問題こそが本質である。その課題への取組みを「将来負担」なる虚構によって歪めてはならないのである。

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最終更新:4/20(月) 19:29
ニューズウィーク日本版

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