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『欲望の断片』の寄せ集めll──欲望の断片(かけら)第62回

5/23(土) 20:14配信

GQ JAPAN

政治から日常の些細なできごとに至るまで、“欲望の断片“をつづる演出家の文と、その文にインスパイアされた写真家のビジュアルで織りなす、おとなのダブル・エッセイ。

【このエッセイを読む】

作家の適菜収さんが“小泉進次郎が自分のことを「政治バカ」と言っていたけど、「政治」はつけなくてもいい“と書いていた。私はこの文章を読んで、昔、ある若い女優さんが、自分はダンスが大好きで友達から「ダンスバカ」と呼ばれていたという話をしたら、隣にいた振り付け師のラッキィ池田さんが「オレ、バカダンサーって言われた」とシレッと言って皆で爆笑したことを何故か思い出した。その時のラッキィさんは妙に素敵に見えたが、「バカ政治家」は国民の一人としては困る。それにしても「政治バカ」という人がどういう人なのか私にはよく分からない。それは、やはり私がバカだからだろうか……。

2月19日。新型コロナウイルスによる感染症の流行が日本でも深刻化している。電車の中などで、マスクをしていない人が咳をしたりすると、人々の咎めるような鋭い視線が向けられる。そんなピリピリした不安に包まれた日本で、コロナウイルスの流行を緊急事態条項の導入、憲法改正に利用しようと考えたり、この機に乗じて差別を煽ることを正当化しようとする人々が増殖するのが、ウイルスと同じくらいに恐ろしい。

それにしても、ずーっとマスクをしていると、具合が悪くなるような気がするのは私だけだろうか……。

1月26日。京都のホテルの屋外喫煙所で朝早く煙草を吸っていると、上海から来たという中国人の紳士に笑顔で話しかけられた。娘さんが早稲田大学に留学中だそうだ。ヘビースモーカーである彼は、日本は喫煙できる場所が少ないとこぼしていた。バス停で見知らぬ人に話しかけることはあまりないだろうが、喫煙所では何故か見知らぬ人と気軽に会話ができる。内田樹さんが煙草というのは見ず知らずの人から恵んでもらうことが許された唯一の物だと仰っていたが、喫煙所という場所は、国境、性別、年齢の垣根を越える小さなコミュニケーションの場になっている。煙草1本分の短い会話を終えると、私は彼の旅が良い旅になりますようにと願っていた。

2月5日。カーク・ダグラスが103歳で亡くなった。最後の黄金期ハリウッドスターであった。スターといえば、私が30歳そこそこの駆け出しだった頃、ある女優さんの誕生日を祝うこぢんまりとした食事会に招待されたことがある。場所は四谷にあった小さなフランス料理店で、和気藹々と食事が進み、メインディッシュに差しかかる頃、その女優さんの長年の友人であった勝新太郎さんが突然、ふらりと登場した。場の空気は一気に緊張、慌てて席が用意される。白いジャケットに白いシャツ、ベージュのパンツといった軽装の勝さんはサングラスをしたまま座ると、やおらナプキンをよだれ掛けのようにシャツの胸元に突っ込む。ギャルソンがおずおずとメインディッシュは舌平目のボンファムを御用意しておりますと告げると、ボンファムは嫌だ、ムニエルにしろと命じる。そしてムニエルが運ばれてくると、勝さんはナイフもフォークも使わずに手でムシャムシャと食べ始めた。『太陽がいっぱい』のモーリス・ロネのようだった。

食事が終わると、勝さんは困惑する一同をひきつれて六本木のクラブに向かう。ママが入り口にすっ飛んで来る。勝さんは、今夜はオレの大事な○○の誕生会なので、今来ている客を全部帰らせろと平然と命じ、あっという間に貸し切りにしてしまった。そして一直線にピアノに向かうと、オレの誕生日プレゼントだと言って、「想い出のサンフランシスコ」を弾き語りで歌い出した。その様子を茫然と眺めていた私は、これが“スター“というものだと思い知らされた。そういう“スター“も今は伝説の中にしか生きられなくなった。それが良いことか悪いことかは私には分からない。しかし、何かが少しつまらなくなったことは間違いがないと思う。

久しぶりに新作の時計で欲しいと思わせてくれるものに出合った。“MURAKUMO“と名付けられたその時計は、“KIKUCHI NAKAGAWA“という2人の日本人時計師によるものだ。スモールセコンド付きのシンプルなカラトラバ・スタイルの時計だが、ブラックポリッシュされたステンレスケース、黒い文字盤に白いラッカーでのせられた優雅なブレゲ数字、スペードのような形状の繊細な鋭さをもった針などが絶妙に調和していて、クラシックであると同時にモダンなその美しさに魅了された。

彼等のような独立時計師が増えている。いずれ高級機械式時計といえば日本、という時代が来るような気がする。

紅白歌合戦に“AI美空ひばり“なるものが登場した。感動して涙を流す人も、批判する人もいた。私はこれを見て子供の頃に感じた、ある恐怖のイメージを思い出した。それは人工衛星の中で死んだ宇宙飛行士が永遠に宇宙空間を漂い続けるというものだ。テクノロジーの発達によって我々は死後も安らかな眠りにつくことが許されなくなるのかもしれない……。生き残った者たちもデジタル機器に死者の生前の姿が鮮明に記録されることで、愛する者の死をいつまでも受け入れ難くなる……。徐々に色褪せてゆく両親の写真を見ながら、そんなことを思ってしまった。死者を蘇らせる行為は、やはり神の領域を侵すような気がして、私には恐ろしい。



河毛俊作(かわけ・しゅんさく)
PROFILE 演出家/映画監督。著作に服装術を説いた『一枚の白いシャツ』がある。

操上和美(くりがみ・かずみ)
PROFILE 写真家。北海道生まれ。1965年よりフリーで活動。現在も一線で活躍し、受賞歴多数。

Words by 河毛俊作 Photograph by 操上和美

最終更新:5/23(土) 20:14
GQ JAPAN

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