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リーガ2部日本人最多得点のFWが 体感した「罵声が称賛に変わる瞬間」

5/23(土) 11:00配信

webスポルティーバ

リーガに挑んだ日本人(6)

「ギリギリのところで戦っていないと、自分はダメなんです」

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 リーガ・エスパニョーラ2部で、カステジョン、ヌマンシア、ラス・パルマスと3チームを渡り歩いた福田健二は当時、その信条を語っている。

「自分との対話ですよ。『できるよな?』『ああ、やってやる!』って。そう自分に言い聞かせることで、生きているという実感を得られるんです。しがらみ関係なく、誰とでも競争して。たとえばクロスに飛び込んでゴールしたら、お互いが通じ合って、そこから信頼が生まれて、自信もつく。そのとき、成長する感触がいいんですよ」

 福田は人生を懸け、スペインに渡り、大きな足跡を残している。

 1996年に習志野高校を卒業した福田は、名古屋グランパス、FC東京、ベガルタ仙台でプレーした後、パラグアイ1部の名門グアラニに移籍した。給料を20分の1にしても、新天地を求めている。パラグアイでは10得点を記録し、堂々のエースだった。その後、メキシコの強豪パチューカに移籍し、リベルタドーレス杯に出場。主戦場はパチューカ・ジュニアーズで2部だったが、12得点した。その活躍で、次はイラプアト(メキシコ)に引き抜かれ、10得点を挙げた。

「ゴールすることで自分の道を作る」

 その言葉どおり、2006年1月にはスペインの2部カステジョンへの移籍が決まった。パラグアイ時代の恩師の推薦を受けてで、南米経由の欧州移籍だ。

 ただ、その1年目は苦しんでいる。17試合2得点と振るわず、戦力外通告を受けた。スペイン国内での移籍先が決まらないまま、毎日12キロ走り、ジムに通い、粘り強く機会を待った。「お前の居場所はない」と言われても、へこたれていない。出稼ぎ外国人労働者たちがサッカーをしていれば、そこに混ぜてもらい、ゴールを決め続けた。

「パスをよこせ」

 死に物狂いの形相で叫び、もらえなければ相手ボールを奪い返し、そのままドリブルで蹴散らし、シュートを叩き込んだ。

 そんな日々のなか、福田は代理人から連絡を受け、同じ2部のヌマンシアのテストを受けられることになる。開幕直前、最後のチャンスだった。

「ケンジはカステジョンで対戦して、面白いFWだと思っていたよ」

 当時、ヌマンシアを指揮していたアンドニ・ゴイコエチェア監督は、そう証言している。ゴイコエチェアは現役時代、ディエゴ・マラドーナの足をタックルでへし折ったことで知られる猛将だ。

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最終更新:5/24(日) 11:29
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