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気仙地域の椿油で現地雇用を―1カ月3000個売る人気化粧品

2013/4/23(火) 15:48配信

THE PAGE

 東日本大震災復興支援には、いろいろな形がある。東京都在住で被災地ボランティアに参加した渡邉さやかさん(31)も何かできないかと考えた一人。コンサルタントとしての経験があった彼女は持続可能な新しい産業を被災地で作ることにより、土地、人、お金の流れを活発にしようと考えた。注目したのは、三陸海岸の気仙地域に古くからあった椿油だった。「椿を化粧品として商品化し、いずれ海外展開したい」。そう意気込む。

 大学、大学院で国際協力を学んだ後、業務改善や新規事業策定などのコンサルタントとして活躍した渡邉さん。ビジネスとして途上国の貧困問題を解決するNPO法人の設立に携わったり、テクノロジーで途上国に住む最貧層の生活改善をする米国NPO法人の日本支部立ち上げに関わったり、途上国支援で活躍している。

 「被災地ボランティアをした時、途上国と被災地では、事業開発で必要なアイディアや、お金、もの、情報のマッチングができていないことなど共通した課題があることに気がつきました。国際協力の知識とコンサルのスキルで、それをつないでゆきたい」。そう頭で理解していた彼女だったが、何を産業にすればいいか、すぐには分からなかった。

 被災地ボランティアで出会い、現在は仕事のパートナーとして働く佐藤武志さん(38)と、鍵となる事業を探した。お酒、デニムなどが例に挙がったが、決定打がなかった。そんな時、津波の波をかぶっても力強く赤い花を咲かせていた椿を思い出した。「これだ! 気仙地域の椿油は質がいい。これなら化粧品としての付加価値もつけられる」と思い、2011年11月、佐藤さんらと一般社団法人「re:terra」(リテラ)を設立した。

 協力者を探していたところ、東北唯一の椿油製油所「石川製油所」(岩手県陸前高田市)の代表石川秀一さん(63)を新聞記事で知った。建物も機械も津波で流されたため一度廃業を決めていた。地元の授産施設に椿の製油技術を継承させるのだという。すぐにコンタクトを取り事業の話を持ちかけた。

 事業化の話は進んだが、震災で息子を亡くした石川さんの心が癒えず、計画を取りやめたいという話も出た。そんな時、佐藤さんが何度も石川さんと話をし、再開までたどり着いた。渡邉さんは「石川さんご夫婦に早く元気になってほしかった。そのためにも成功させたいと思った」と話す。

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最終更新:2016/2/18(木) 4:37
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