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<私の恩人>”新喜劇のマドンナ”未知やすえ 舞台の大失敗を優しく諭してくれた大先輩

2013/6/23(日) 5:27配信

THE PAGE

 今なお、“吉本新喜劇のマドンナ”として活躍する未知やすえさんも、8月には50歳を迎えます。節目の誕生日となる8月7日には、大阪・なんばグランド花月でイベント「未知やすえ50祭」を開催。新喜劇デビューから28年。ここまでたどり着いた裏には、大先輩からの教えがあったといいます。

 新喜劇に入って2年、私が22歳の時、舞台上である“事件”を起こしまして…。本来なら、辞めてても全くおかしくないところだったんですけど、そこで思わぬ展開を作ってくださったのが花紀京(はなき・きょう)師匠やったんです。
 
 花紀師匠は言わずと知れた大座長で、新喜劇を作り上げた方とも言える人。それだけの実績がある方ですから、舞台に対しては非常に厳しい。ましてや、当時は大座長と入ったばかりの若手の関係ですから、ただただ恐いというイメージしかなかったんです。

 その花紀師匠と共演することになった。そら、もう、緊張してしまって…。いざ本番。私が出てきて、花紀師匠に物語の設定を説明するような場面やったんです。「うちのお父ちゃんはこんなもめ事に巻き込まれてて、こんな風に困ってて、こうなったら助かるんやけど…」みたいに、ストーリーを進めていくきっかけになる説明ゼリフやったんで、そこがないと、次の展開につながらない。

 それやのに「こんにちは!」と舞台に入ってくるなり、セリフが全部飛んでしまったんです…。何も出てこない。困惑しすぎて、そのうえ、舞台上で「忘れたー!!」と叫んで、大泣きしてしまったんです。
周りの方々が取り繕ってくださって、どうにか舞台は進んだらしいんですけど、私はそれも覚えてないくらい、アタマの中は「怒られる…」という恐怖だけ。

 舞台が終わって楽屋に戻ってきた瞬間、師匠のところに行きました。怒鳴られること前提で、目をつぶって「すみませんでした!!」と頭を下げたら、頭に妙な感触があったんです。恐る恐る目を開けると、師匠が子供にするみたいに、やさしく頭をポンポンとなでて「あんな、お前のセリフ、誰もとらへんから、ゆっくりしゃべったらええねんで」と、それはそれは優しく言ってくださったんです。思ってたことの真逆のことが起こったので、またそこで号泣してしまって。

 なんで怒られなかったのか。ハッキリした言葉をもらったわけではありません。でも、今、思うのは、やっぱり新喜劇は楽しんでもらうもんやし“ハンドルの遊び”みたいなところがいるんですよね。やってるもんも、ノビノビ、イキイキやってなアカンというか。

 私も、今年で50歳。今の座長(内場勝則、辻本茂雄、川畑泰史、小籔千豊)は全員後輩になりました(笑)言うてもらうより、言う立場になりました。そこで気を付けてるのは、若い人でもいきなり怒るんやなくて、まずはそれをやらせてあげて、もし、そこから違う方向にいってしまいそうやったら、そこで初めて言ってあげるということを心掛けてます。失敗でも何でも、やらないと分からないですから。

 50歳を記念して、8月7日にイベントをするんですけど、恥ずかしながら、そこでは新喜劇の他にチアリーディングにも挑戦させてもらいます。せっかく吉本でこんな仕事をしてるんですから、何でも楽しくやっていかんとなと。
10年後、還暦になった時にやりたいことですか?…うーん、そうですね、セミヌード写真集でも出しましょうか。60歳でヌード、面白そうですもんね。ま、もちろん、需要があれば、の話ですけど(笑)
(聞き手/文責 中西正男)



■未知やすえ(みち・やすえ)
1963年8月7日生まれ。大阪府東大阪市出身。本名・内場泰恵。82年、漫才コンビ「やすえ・やすよ」を結成。84年、コンビ解散をきっかけに吉本新喜劇に入団し、85年に新喜劇デビュー。得意ギャグは「お前の脳みそ、ストローで吸うたろか!!」などのタンカを切りながらのキレ芸がトレードマークにもなっている。夫は新喜劇座長の内場勝則。

■中西正男(なかにし・まさお)
1974年大阪府生まれ。大学卒業後、デイリースポーツ社に入社。大阪報道部で芸能担当記者となり、演芸、宝塚歌劇団などを取材。2012年9月に同社を退社後、株式会社KOZOクリエイターズに所属し、芸能ジャーナリストに転身。現在、関西の人気番組「おはよう朝日です」に出演中。

最終更新:2016/2/3(水) 3:25
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