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<私の恩人>西川きよし 伝説の漫才コンビ「やすきよ」の原点を作ってくれた!

2013/7/7(日) 8:43配信

THE PAGE

 今年芸能生活50周年を迎えたタレント・西川きよしさん(67)。漫才コンビ「横山やすし・西川きよし」として漫才界の頂点を極めましたが、コンビ結成を決断させたのは、実は、妻・西川ヘレンさんだったと言います。

 今日の僕があるのは、もちろん「やすきよ」があってのことです。やすしさんがいたから、50年もやらせてもらいました。でも、もともと、やすしさんとのコンビは断り続けてたんです。
結成を決断させてくれたのは、ヘレンでした。だから、全ての原点は家内が作ってくれたようなものなんです。

 昭和41年の2月、やすしさんが声をかけてくれました。「実は、俺、またコンビを辞めたんや。今回で4回目の解散。崖っぷちなんや。一緒にやってくれへんか」と。当時、僕は吉本新喜劇の新入りで、毎日“通行人A”役。ちなみに“B”は坂田利夫でした(笑)
 チョイ役の僕を見ててくれたんだといううれしさもありましたけど、漫才は2人だけの芸で、向こうが投げてきた言葉を一瞬にして返して、また返して…、ということをやらないといけない。僕からすると、神業みたいに見えてました。しかも、やすしさんの漫才は特別速い。とてもできるもんじゃないと。だから、何回言われてもお断りしてたんです。

 自分の中では「組まない」とほぼ決めてたんですが、当時、新喜劇のマドンナで、周囲には秘密で付き合い始めていたヘレンに相談をしてみたんです。自分の中で、踏ん切りをつける意味で。
 そうしたら「漫才は、2人だけが15分間、ずっと主役なのよ。お芝居の主役の人でも、そこまでのことはないですからね」と思わぬ言葉が返ってきました。
 ただ、どうしても考えるのは、失敗した時のことですよね。近い将来、結婚することも考えてたからこそ、安易な決断はできないですし。そうして、僕が口ごもってたら、すぐさまヘレンが「アカンかったら、私も、この世界を辞めます。そして、2人で誰も知らないどこかの街に行って、ゆっくり暮らしましょう」と言ってくれたんです。

 その言葉を聞いた瞬間、逆に、一気に「よし、やろう!!」となりました。すぐに、やすしさんにもお返事をし、吉本にも話をしました。
 よく、決断させてくれたと思います。やっぱり、それができたのは、家内の育ってきた環境があるんでしょうね。

 家内は、昭和21年10月6日、京都に生まれました。お父さんはアメリカの人。ヘレンが産まれてから、アメリカに帰った。そこからは、お母さんが1人で育てました。お母さんは和裁の仕事をしてまして、幼いヘレンの手を引いてバスに乗って、できた着物を届けに行っていたそうです。
 そんな生活の中、ある日、バスの車内で、ふとヘレンを見ると、二の腕が血まみれになってる。乗り合わせたお客さんが、お母さんに見つからないように、ヘレンの腕をギューッとつねってたんです。皮膚が破けて血が床にしたたるくらい。

 戦争で身内を亡くした方がたくさんいる中、歴史ある京都の街をヨチヨチ歩く、目を引く小さな女の子。僕も、戦争で身内を亡くした立場だったら、もしかしたら、そういうことをしていたかもしれません。そういう時代だったんだと思います…。

 小学生になっても、ブランコにヘレンが並んでると、順番が来たところで「おまえはアメリカのブランコに乗ってたらエエんや」と言って突き飛ばされる。学校では、泣く場所が決まってたそうです。誰も来ない、焼却炉の裏と。
 だから、結婚して、家内のことを深く知れば知るほど、僕がやすしさんと組もうか悩んでるなんてことは、まだ幸せな選択だったんだと痛いほど思いました。それと同時に「絶対に、この女を幸せにする」とも思いました。

 やすしさんと組んで、お仕事がいただけるようになって、大阪・堺に最初の家を建てることができました。小さな庭でしたけど、僕がまず買ったのがブランコでした。「これは、おまえだけのブランコや。朝から晩まで、好きなだけ、乗ってたらエエ」と言ったのを覚えています。

 今、結婚生活は46年目。あと4年で金婚式です。妙な言い方になるかもしれませんが、究極の理想は、どちらが先ということなく、同じタイミングで天に召されたらいいなと考えています。同じ棺桶に入って。
 あんまり言ったら、気持ち悪がられるかもしれませんけど(笑)、本当にそう思うんですよ。時々、本気で二卵性双生児じゃないかと考えるくらいです。
(聞き手・文責/中西正男)


■西川きよし(にしかわ・きよし)
1946年7月2日生まれ。高知市生まれ、大阪市育ち。本名・西川潔(きよし)。63年、喜劇役者の石井均に弟子入りし、翌年、吉本新喜劇に入団。66年、横山やすしと漫才コンビ「横山やすし・西川きよし」を結成する。上方漫才大賞などを受賞し、漫才ブームをけん引する存在となる。86年、参院選に出馬し当選。3期18年にわたり、国政の場でも精力的に活動する。芸能生活50周年記念公演「コメディ 水戸黄門」(9月6~28日、大阪・なんばグランド花月)を開催する。

■中西正男(なかにし・まさお)
1974年大阪府枚方市生まれ。立命館大学卒業後、デイリースポーツ社に入社。大阪報道部で芸能担当記者となり、演芸、宝塚歌劇団などを取材。2012年9月に同社を退社後、株式会社KOZOクリエイターズに所属し、芸能ジャーナリストに転身。現在、関西の人気番組「おはよう朝日です」に出演中。

最終更新:2016/1/20(水) 3:44
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