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<私の恩人>小籔千豊 一晩中説得された…今があるのはあの後輩2人のおかげ

2013/7/14(日) 13:02配信

THE PAGE

 吉本新喜劇の最年少座長、小籔千豊さん(39)。お笑いコンビ「ビリジアン」としてデビューするも、解散を経て、新喜劇に入りました。自身がプロデュースするお笑いと音楽の融合イベント「コヤブソニック」(9月15、16日、インテックス大阪)も今年で6回目。多方面で活躍する現在を作ってくれたのは、意外にも、後輩だったと言います。

 2001年、ネタ合わせのつもりで行ったファミレスで、相方から「構成作家になる」と切り出され、いきなりコンビ解散になってしまいました。
 自分を一番近くで見てきた相方が、コンビを辞めて「作家になる」と言った。“三振”も見てるけど、“ホームラン”も見てきた相方が出した結論が解散なら、自分にはホンマに商品価値がないんやと思い知らされました。

 3月に解散の話があって、4月には、のちに嫁となる交際中の女性に「芸人を辞めて警察官になる」とプロポーズしました。すでに入っていた仕事をこなす残務処理みたいな流れが7月まではあったので、そこまでは基本的には誰にも解散のことは話さず、黙々とコンビとして活動してたんです。

 そんな中、ある夜、「野性爆弾」のロッシーから電話がかかってきたんです。「今日遊びましょうよ」って。もう自宅に帰っていたんで、「ごめん、もう風呂入って、家やわ」と。これって、先輩からしたら、断りのサインなんです。それでも「いや、遊びましょうよ、ウチの家に来てくださいよ」と言ってくる。これは、吉本の“縦社会”でありえないことなんです。
 いぶかしく思いながらも、ロッシーの家に行ったら、缶ビールがわんさか用意されてるんです。みんな貧乏やったし、ビールなんて、そうそう買えるものじゃないのに。

 その後、仕事を終えた「シャンプーハット」小出水も終電で駆けつけて、3人で飲んでたんですけど、何と言ったらいいのか、ふと、場の空気が変わったんですよね。ほんで、2人の方を見ると、意を決した顔で「辞めんといてください。小籔さんは絶対に売れます」と。あとで聞くと、劇場スタッフ経由で解散の話を聞きつけた2人が、いてもたってもいられず、こういう場を設けてくれたんです。
 本来、後輩から先輩に言うべき言葉ではないのかもしれません。それを承知で、それでも言ってくれた2人。翌朝5時、小出水が始発で仕事に行くまで、延々「辞めんといてください。絶対売れます」を繰り返されました。

 ロッシーの家に行くまでは、完全に辞めるつもりでした。でも、一晩話をしたところで、思ったんです。こんなにエエ人間に囲まれてできる仕事はなかなかないやろうなと。そんな人らと別れるのはもったいないと。

 その思いでこの世界に残り、今に至りました。

 銀座の高いお寿司屋さんとかに行った時、真っ先に思うのは「これを食べられるのは、あいつらのおかげや」ということです。
実際、2人をそういうお店に連れて行ったりすると、そら、ま、食べたあとに「ごちそうさまでした」と言うてくれます。でも、僕は心の中で「いや、お前らは言わんでエエ」と毎回言うてるんです。

 今年で40歳。芸歴20年。もっと、もっと、新喜劇に貢献して「小籔を新喜劇に入れてよかった」と思ってもらえるようにせなアカンと思ってます。
そして、どこまでいっても、そもそも、新喜劇に入る流れを作ったのはこの2人ですからね。僕をダシに「俺らが止めたから、今のあの人があるんやで」とイキってもらえるように、頑張らないといけません。
(聞き手・文責/中西正男)


■小籔千豊(こやぶ・かずとよ)
1973年9月11日生まれ。大阪市生まれ。本名・同じ。大阪NSC12期生。93年、お笑いコンビ「ビリジアン」を結成するも、2001年にコンビ解散。警察官への転職を考えるが、芸人仲間からの慰留を受け、吉本新喜劇に入団。06年には座長に就任する。MBSテレビ「よしもと新喜劇」、フジテレビ「爆笑大日本アカン警察」、テレビ東京「バカソウル」などに出演。家族は妻と一男一女。

■中西正男(なかにし・まさお)
1974年大阪府枚方市生まれ。立命館大学卒業後、デイリースポーツ社に入社。大阪報道部で芸能担当記者となり、演芸、宝塚歌劇団などを取材。2012年9月に同社を退社後、株式会社KOZOクリエイターズに所属し、芸能ジャーナリストに転身。現在、関西の人気番組「おはよう朝日です」に出演中。

最終更新:2016/2/1(月) 2:55
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