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アルーシャ協定から20年 -内戦を越えたルワンダの今-

2013/8/4(日) 13:58配信

THE PAGE

 1993年8月4日、東アフリカはタンザニアのアルーシャである和平協定が調印されました。それは当時、混迷の一途を辿っていたルワンダ内戦に関するもので、諸外国の仲介を通して実現された平和への第一歩となるはずでした。しかし、そのわずか8ヶ月後に約100万人の人々が犠牲となった世に言う「ルワンダ虐殺」は始まりました。
 内戦での実話を元に制作され、映画『ホテル・ルワンダ』の影響もあってか、日本でもルワンダ内戦について知る方は少なくありません。まもなく、内戦から20年近くが経つ現在のルワンダの姿とは、どのようなものであるのでしょうか?

<解説>アルーシャ協定から20年 ルワンダ紛争を振り返る

■内戦の記憶

 緩やかな丘陵地帯に段々畑の田園風景が広がる中央アフリカの小国ルワンダは、その景観から千の丘の国と呼ばれています。ルワンダにはツチ族とフツ族、トゥワ族という3つ民族が共生していましたが、近代のベルギーによる植民地支配によってツチとフツの間には深刻な民族対立が生まれ、内戦の大きな原因となりました。
 90年代に始まった内戦は、和平協定により一度は停戦への道が開けたものの大統領機撃墜事件を機に再び戦いの火蓋が切られ、反政府軍RPFによる停戦宣言までの約3ヶ月間で、80~100万人の死者と200万人を越える難民を生み出しました。

■奇跡の復興

 2011年、日本では内戦そのものの悲惨さや残虐性と比べて著しく報道が少ない内戦後のルワンダ社会を取材したいと思い、僕は初めて現地を訪れました。
 現在の首都キガリは『ホテルルワンダ』で描かれたような街のいたるところに遺体が転がり、鉈を振りかざす民兵たちが闊歩する内戦時の姿からは想像できない程に復興しています。立派な石畳の街路や千の丘の国ゆえの緑溢れる丘が連なる街並はほとんどゴミ一つない程に清潔で、まるでヨーロッパの街のようです。また道路にはIT立国という国策の一環で全国整備が進む光ファイバー網の工事現場が散見され、さらなる発展へ湧くこの国の姿が窺えます。ルワンダは現在、毎年約7%の高い経済成長率を記録し続ける急速な経済発展の渦中にあり、海外からはこの内戦後の復興を「アフリカの奇跡」と称賛されています。
 しかし、内戦から20年近い年月が過ぎたとはいえ、圧倒的な経済発展に湧き既に人々の間で内戦の歴史が過去のものとなりつつある現地の姿に僕はどこか奇妙な違和感をずっと感じていました。

■見えざる違和感とルワンダの未来

 見えざる違和感を実感した瞬間は、初めてウムガンダの光景を目の当たりにしたときでした。ウムガンダとは毎月ある国民全員が公共の奉仕活動を義務づけられている日のことで、この日は交通機関や商店も営業が禁止され、それぞれ住民は所属する地域コミュニティーで清掃活動などに従事します。ルワンダの人々の勤勉さと強い相互扶助の関係を象徴するこの行事は今のルワンダの平和を物語っているかもしれません。

 しかしながら、同時にウムガンダは現在の強力なトップダウン式の政治体制の徹底ぶりを示しているとも言えます。現地で出会った元仏語教師のルワンダ人の友人と彼の家で二人きりで一杯やっていたときに、僕がこの奇妙な違和感について聞くと「地域コミュニティーには相互扶助と共に、相互監視の役割もあるんだ。現政権の批判を口にするだけでも隣人に密告される恐れがあるんだよ。だから、どんなに政府に不満があっても僕らは公に声を上げることさえ許されない。ここに平和はあるかもしれないが、自由はない。」と彼は静かに話してくれました。世界報道の自由ランキングにおいてルワンダは年々順位を下げており、欧米のNGOからはルワンダにおける言論の自由についての批判が後を絶ちません。また現政権には対立する野党が存在しないため、事実上独裁に近い状態にあります。2010年にはワールドカップ開催に湧く南アで現政権と対立し南アへ亡命していた元ルワンダ軍部高官への暗殺未遂事件が発生し、現政権の関与が疑われています。

 この20年ほどで、「アフリカの奇跡」と呼ばれるに相応しい経済的な復興をルワンダは確かに遂げました。しかし、権力によって民衆が抑圧され、人々が互いに監視、密告し合うような現在のルワンダ社会の姿は、煽動された民族対立を背景にただ従うままに一般住民までもが“勤勉に”殺戮の実行者となり得た内戦当時と根源的には何ら変わっていないように僕には思えます。
 既に内戦を体験していない新しい世代も少なくない中で、急速な経済発展と抑圧された自由の狭間で千の丘の国に生きる人々は来年の内戦から20年いう節目のときを、どのように迎えるのでしょうか。
(岡本裕志/LIVEonWIRE_JOURNAL)

おかもと・ひろし
NGO LIVEonWIRE 所属 documentary photographer。
1990年東京生まれ。中学時代を不登校、ヒキコモリとして過ごす。その後、通信制高校をへて社会復帰。2011年アメリカの途上国開発NGOに参加。その後、単身アフリカへ。現在、エチオピア、ルワンダなどの東中部アフリカ地域にて紛争や貧困を、日本国内にて精神疾患や就職活動をテーマに取材している。

最終更新:2016/1/30(土) 3:30
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