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<ソチ五輪>なぜ、日の丸飛行隊は復活したのか?

2014/2/18(火) 20:35配信

THE PAGE

フィンランド人コーチの教え

 ノルディックスキー男子ジャンプ団体で3位になり、1998年長野五輪の金メダル以来となるメダルを獲得した日の丸飛行隊。16年間の雌伏から復活を果たすことができた要因はどこにあるのか。そのキーワードのひとつが「フィンランド」だった。

 「僕たち日本人には、フィンランドという国が密接に関わっている。適切な表現か分からないが、このメダルの半分はフィンランドに分けても良いのではないのかと、僕は思っている」 

 竹内択はそう言った。団体銅メダル獲得後に、難病の「チャーグ・ストラウス症候群」(アレルギー性肉芽腫性血管炎)という、全身の細い血管に炎症が生じる疾患に罹っていることを告白。病魔と戦いながらメダルを手にした喜びから一夜明け、ソチ市内で行われた記者会見で、日本チームが、底上げに成功した理由を聞かれると、迷わず「フィンランド」の存在を挙げた。

 長野五輪以降、日本ジャンプ界は、ヘッドコーチが何人も替わった。その中で、2005年7月から2010年バンクーバー五輪までヘッドコーチを務めたのがフィンランド人のカリ・ユリアンティラだった。ワールドカップ通算46勝を挙げたマッチ・ニッカネンらを指導した名コーチは、日本に「パワージャンプ」を導入。この時期に培われた「パワー」への意識が日本チームのベースとなり、今回の復活劇に結びついたというのだ。

 ユリアンティラ・コーチが就任した頃の日の丸ジャンプ陣は、低迷を極めていた。長野五輪後にルールが大幅に変更。スキー板やジャンプスーツの規定が日本人に不利なルールへとどんどん変わっていった。しかし、ユリアンティラ・コーチの目には、問題の矛先がルールに対する批判ばかりに向かっている、と映った。それでは、再建に向けての問題解決はうまくいかない。そこで取り入れたのが、欧州勢が積極的に取り入れていた筋肉トレーニング。頭でっかちになっていた日本ジャンプ界をリセットし、フィジカルの部分で一から再スタートしようという発想だった。

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最終更新:2016/2/17(水) 3:52
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