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安倍首相「解釈改憲」発言で注目 立憲主義とは? /早稲田塾講師 坂東太郎のよくわかる時事用語

2014/3/4(火) 11:00配信

THE PAGE

 立憲主義を端的に「憲法で権力を縛る」と表現する場合があります。これを文字通り権力者を羽交い締めにすると取る側から、権力者が勝手気ままに振る舞えないよう憲法という枠を定めておくと若干ゆるやかに解釈する側までさまざまです。それでも1789年のフランス人権宣言16条にある「権利の保障が確保されず、権力の分立が定められていないすべての社会は、憲法を有しない」という原点は揺るがないでしょう。

 「権利の保障」とは基本的人権の尊重で、「権力の分立」とは三権分立(司法、立法、行政)です。前者は、歴史上踏みにじられるケースが多かった反省から権力者に順守を約束させます。後者は、権力自体をそもそも分散してしまって「権力者」を1人にせず相互監視させる工夫です。フランス、イギリス、アメリカなどから誕生し、日本国憲法も前文で「人類普遍の原理」と引き受けています。

首相が憲法解釈を変更できる?

 さて問題の安倍晋三首相の発言です。首相は集団的自衛権が行使できるよう憲法の解釈を変更しようと考えていて「最高責任者は私だ。政府の答弁に私が責任を持って、その上で選挙で審判を受ける」と発言しました。これに対して「立憲主義の否定だ」と「そこまではいえない」の両論が巻き起こっています。

 この出来事を理解するには少々回りくどいですが解釈変更の的になっている憲法9条と集団的自衛権とは何かを説明する必要があります。
日本国憲法9条は

1、日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2、前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

とあり、「前項の目的」ではない自衛力は持てるとして自衛隊が存在しています。

これまでの政府方針を覆す

 集団的自衛権とは「自国と密接な関係にある外国が武力攻撃を受けた場合、自国が直接攻撃されていなくても同盟国を武力で守る権利」と国連憲章51条で認められているものの、歴代政府は「権利を保有しているが、憲法上行使できない」としてきました。おおよその想定で「自国と密接な関係にある外国」とは同盟国のアメリカで、権利は国連加盟国である日本にあるにせよ、自衛力に限定してきた憲法解釈上、アメリカ(外国)が「武力攻撃を受けた場合」にその戦力を行使するのは憲法を逸脱すると考えてきたのです。

 「保有するも行使できない」という解釈は1972年、政府が国会に提出した資料から明らかにうかがえ、以後の政府見解となってきました。ここからずっと政府が守ってきて81年には明確な政府答弁まで出しています。したがって「行使」容認となれば40年以上続けてきた概念を覆す事態となるのです。

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最終更新:2016/2/6(土) 4:18
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