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「STAP現象はまだ仮説」と説明 笹井氏会見をどう見るか

2014/4/17(木) 9:32配信

THE PAGE

ある意味誠実だった笹井氏の会見

 笹井氏の態度は、ある意味では誠実なものでした。笹井氏は、小保方論文には「過誤」や「不備」があることを認め、それらを見抜けなかったことの責任が自分にもあると認めました。「こうしたことは決してあってはならないことだと思います。見抜けなかったことは慚愧の念に耐えません」。そして論文を撤回し、理研内外の科学者に再現性を検証してもらうべきだと言ったのです。

 科学論文は、そこに書かれていることを第三者が行っても同じ結果が得られる、という「再現性」が担保されて、初めて価値あるものとなります。笹井氏が知らないはずありません。たとえば、『ネイチャー』ではその投稿規定において、実験や分析のデザインについてその細部を論文の原稿に書くことを、投稿者たち、とりわけ生命科学の研究者たちに求め、そのための「チェックリスト」まで設けています。「こうした必須要件は、報告の透明性や公表結果の再現性を向上させることを目的としている」(同誌の「著者たちのための原稿書式ガイド」より)。

研究の「分業体制」のあり方も課題に

 笹井氏は会見において、自分の役割は限られていたことをしきりに強調しました。たとえば「小保方氏の実験ノートを確認したか?」という質問には、「小保方さんはユニットリーダーなので、直属の部下に対するようにノートをもってきなさい、ということはできませんでした」と答えました。そうだとしても、自分の役割が論文の仕上げにあるのだとしたら、第三者が読んで実行すれば同じ結果を再現できる情報をそろえる義務があったはずです。

 会見では「私はデータを見ていない」「関わっていない」という言明も目立ちました。おそらく事実でしょう。これは笹井氏個人のせいでしょうか? 問題が起きた場合、その責任の所在はどこにあるでしょうか? 責任の所在をうやむやにすれば誰も納得しません。その一方で、誰か1人をスケープゴートにしても、問題が解決しないことは明らかです。研究や論文作成における「分業体制」のあり方そのものが今後問題になると思われます。

(粥川準二/サイエンスライター)

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最終更新:2018/10/5(金) 16:51
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