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「教育勅語」再評価も どんな内容? 早稲田塾講師・坂東太郎の時事用語

2014/4/25(金) 18:00配信

THE PAGE

 2014年4月、「教育に関する勅語」(教育勅語)の原本が半世紀ぶりに所在が確認されました。教育勅語とは1890年10月に発布された明治天皇の「勅語」(天皇のお言葉)で法律ではないものの、実体として教育の最高法規に位置づけられてきました。1945年の第二次世界大戦敗戦により日本は連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)に占領され、マッカーサー最高司令官からの「より自由なる教育」を求める指令(ほぼ命令に等しい)に基づいて教育全般を見直した際に問題ありとされ、1947年の教育基本法制定によって実質的な意味を失い、翌年の国会での「排除」「失効」決議によって公的にも指導性をもたなくなりました。

非常に模範的な内容

 数年前まで結婚式で高齢の方がスピーチすると決まって「昔から『夫婦相和し』と申しますが」という決まり文句を口にしたものです。昔からではなくこれは教育勅語に明記されています。教育勅語を「立派だ」とする側はその内容を「もっともだから」とする場合が多いようです。そこで挙げられるのは主に次の部分。口語訳は山川出版社『詳説 日本史史料集』によります。

(前略)父母に考を尽くし、兄弟は仲よくし、夫婦は協調し、友達は信じ合い、人にはうやうやしく、自分には慎み深く、誰彼となくひろく人々を愛し、学問を修め、仕事を習い、知能をのばし、徳行・器量をみがき、進んで公共の利益をひろめ、世の中の務めにはげみ、常に憲法を重んじ、法律に従い、一旦国家危急の時には忠義と勇気をもって国家のために働き(後略)

 ここだけ読めば文句のつけようがありません。その反対がいいとする観念は今も存在しないでしょう。これを守れば「いじめ」など起きようもなさそうです。当時の小学生は全員暗記し、奉読しました。

皇国史観が強いとの見方も

 一方で、皇国史観が強いとする見方もあります。まず形式上の問題から。国民主権の日本国憲法下で「朕」(天皇の自称)が「臣民」(明治憲法下における日本国民)に「庶幾(こいねが)う」(切に希望する)と要請するのは明らかにおかしい。天皇は現憲法下で「国政に関する権能を有しない」とあるので。となると今上天皇の「おことば」はどうなのかとかそもそも教育勅語は法律ではないという反論があるものの、前述のように実質的に戦前の教育法体系の頂点に君臨したのはまぎれもない事実なので不毛な議論でしょう。

 次に実質的な問題。教育勅語は先に述べた「ごもっともで立派」な部分は「皇祖天照大神」と「歴代の天皇が残された教えで」その「御徳は深く厚」く「臣民もよく忠孝に務め」てきた「美徳」とします。つまり父母への「孝」と天皇と「臣民」の「忠」は一体の発想であり、それが神話の存在である「天照大神」を祖先とする天皇の「教え」だったと読むしかなく「万世一系」(永久に続く家柄)の皇室に統合される、いわゆる皇国史観そのものという批判があります。この批判は神話を事実のように扱う非科学性や、これが狂信的に強調された先の大戦の特に末期の状況が「軍国主義のシンボル」とみなされる、などです。明治憲法は「天皇ハ陸海軍ヲ統帥ス」と統帥権(軍隊の指揮権)を天皇大権とし、その命令で日米は戦い「臣民」の「忠」とは敵国だったマッカーサー司令官の立ち位置から見れば自国兵を多数失った元凶であるのは明らかです。

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最終更新:3/11(土) 12:36
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