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<68年目の日本国憲法>憲法とはどのようなものなのか /早稲田塾講師 坂東太郎のよくわかる時事用語

2014/5/3(土) 6:00配信

THE PAGE

 5月3日は憲法記念日。1947年のこの日、日本国憲法が施行されました。学校の授業で前文や条文について勉強したことはあっても、日々の生活の中で「憲法」を意識することはなかなかないかもしれません。第98条には「憲法は国の最高法規」であることがうたわれています。憲法がすべての法律などに優先するということです。憲法とはいったいどのようなものなのか。歴史をひもときながら、あらためて考えて見ましょう。

不平等条約の解消を目指す中で浮上

 日本という国が「ケンポウ」を意識し始めたのは江戸幕府が1858年に結んだ「安政の五ヶ国条約」で日本側に不利な条項があり、それを改正する過程で浮上しました。

いわゆる不平等条約とは
・日本にいる外国人はその国の領事裁判所で裁ける(本来は「属地主義」の原則で日本にいる者は日本の法律で裁く)
・ものにかける関税を日本だけで決められず相手国と協定しなければならない
でした。

 1871年にアメリカに渡った改正を目的とする使節団は領事裁判権の撤廃を申し出、意外にも好意的に受け止められました。しかしその際アメリカ側から「だとして日本のアメリカ国民はいかなる法律で裁かれるのか」と迫られ返答できませんでした。当時は江戸時代の法典が準用されていて窃盗罪は死罪や入れ墨という決まりでした。そこでまともに先進国と付き合っていくには同じような法典を整備する必要性を痛感し、国の統治の仕組みや最高法規性を持つ「ケンポウ」が必要という方向へ傾きます。

欧州では国王の権力を抑制するために発達

 他方、当時の日本は天皇をトップにしながら実体として薩摩(鹿児島藩)長州(山口藩)出身者が高位を独占する「藩閥政治」が横行し、土佐(高知藩)の板垣退助や肥前(佐賀藩)の大隈重信は大いに不満で、国会を開設して藩閥を退けようと運動をしていました。薩長側もそうした組織は不満勢力にいわれるまでもなく近代国家と認められるには欠かせないと判断し、1889年の大日本帝国憲法(明治憲法)公布に至ります。

 欧州の憲法は国王の勝手な行動を抑制する方向で発達しました。明治憲法は国王の位置にある天皇を主権者とし多大な権限(大権)を与えている点で欧州の立憲主義と異なるものの、制限付きとしながら内閣、裁判所、国会、「法律の範囲内」における国民への自由保障などが盛り込まれています。

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最終更新:2016/2/25(木) 4:42
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