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日本国憲法の歴史を変えた2つの出来事 スクープ記事と22歳白人女性

2014/5/4(日) 8:00配信

THE PAGE

 日本国憲法は「メイド・イン・ジャパン」です。しかし「メイド・バイ・ GHQ」です。草案はマッカーサー率いるGHQ(連合国軍総司令部)によって作成されました。作成メンバーは米国の俊英25名。このことから、日本国憲法はしばしば「押しつけ憲法」といわれます。

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 ただし、日本の学者組織「憲法研究会」が作成した改正要綱をかなり参考にしており、日本からの提案も多く採用しています。帝国議会での審議では、第9条に「芦田修正」が加えられ、新たに「生存権」(第25条)も追加されました。そして帝国議会での採決、天皇の裁可を経て公布されたのです。前後しますが、草案の口語化には、『路傍の石』で知られる作家・山本有三もかかわっていました。

1つのスクープ記事が潮目を変えた

 では、最初から「メイド・バイ・ GHQ」だったのでしょうか?

 たった1つのスクープが歴史を変える、ことがあります。1946年2月1日、「毎日新聞」一面の見出しは「憲法改正・調査会の試案」でした。日本が独自に進めてきた憲法改正案の全容が掲載されていたのです。この前年10月、GHQから「民主的な憲法を作成せよ」と指令を受けた日本政府は、内密に草案づくりを進めていました。

 すっぱ抜かれた条文は、正式な憲法改正案(松本案)ではなかったものの、内容は酷似していました。第一条は「日本国は君主国とす」、第二条は「天皇は君主にして此の憲法の條記に依り統治権を行ふ」……。基本的人権の尊重や国民主権も明記されておらず、明治憲法と大差ありません。

 これを読んだマッカーサーは失望をあらわにしました。日本人に任せてはいられない。「メイド・バイ・ GHQ」へと舵を取ったのです。マッカーサーの指示(三原則)は、天皇制は維持するが、封建制は廃止する、そして戦争は放棄させる、というものでした。

 スクープ記事に失望したのは、マッカーサーだけではありません。

22歳の白人女性が画期的な条文を作成した

 悲痛な面持ちで読んでいた22歳の白人女性がいました。ウィーンに生まれ、日本で少女時代を過ごしたベアテ・シロタです。日本を愛する彼女は、終戦まもなく再来日し、新憲法によって日本が民主国家として再生することを願っていました。
 
 一方、GHQ民政局の草案作成チームは、日本語を話せるリサーチャーを探していました。日本の生活文化を知る者なら、なおのことよし。そこで、ニューヨークのタイム誌でリサーチ経験があり、日本語も堪能なベアテに白羽の矢が立ったのです。

 ベアテに命じられたのは「女性の権利」に関する条文の作成でした。かねてから人権問題に関心があったベアテはこのミッションに歓喜し、都内のあらゆる図書館に足を運んで資料を収集しました。第24条は、その結実でした。
 
■日本国憲法 第24条〔家族生活における個人の尊厳・両性の平等〕
(1)婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。
(2)配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。

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最終更新:2016/2/14(日) 4:17
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