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東京駅や富岡製糸場を機に、いま脚光を浴びる日本の「赤煉瓦」建築とその魅力

2014/5/21(水) 15:00配信

THE PAGE

「いま、赤煉瓦が熱い」。1000度を超える窯で一昼夜半焼き上げられる赤煉瓦は熱い……という話ではなく、一昨年に東京駅の赤煉瓦駅舎が創建当時の姿に復元され(今年で開業百周年)、今年は同じく赤煉瓦の富岡製糸場が世界文化遺産入りを決めた。つまり「赤煉瓦」は旬であり、各地の赤煉瓦建築が、いま再び評価を受けている。

 東京駅と富岡製糸場それぞれに接点をもつ、煉瓦なら目地にあたる街が埼玉県の深谷。製糸工場建設の立役者・渋沢栄一の出身地だ。利根川が堆積させた良質の粘土による瓦の産地であったことから、製糸場に使う煉瓦の製造には当地の瓦職人たちがあたった。富岡の隣りの甘楽町に窯を造り、約70万個の煉瓦を焼いたとされる。
 渋沢は富岡製糸場の創業から15年後の1887年、深谷に日本初の機械式煉瓦工場「日本煉瓦製造」を設立。ここで焼成した約752万個の煉瓦が東京駅の「構造用」に使用された(外壁の化粧用煉瓦は品川煉瓦など)。復元された駅舎では躯体の構造用煉瓦と鉄骨は保存・活用が基本だから、創建時の深谷製煉瓦の多くが現在も使われていることになる。ちなみに、東京駅を設計した辰野金吾は日本瓦製造の工場の設計者でもある。こちらも、相縁というか奇縁というか。
 現在、深谷市は「レンガを活かしたまち」として売り出し中だ。市内には旧日本煉瓦製造の窯や渋沢栄一の喜寿を祝して建てられた誠之堂(東京・世田谷から移築)など煉瓦の名所が点在し、交番や倉庫、時計台なども煉瓦風味でプチ旅情を誘う。ただ、東京駅を模した駅舎は耐震性の問題などから「赤煉瓦風」のタイル装飾なのが少々残念。

「赤煉瓦建築番付」をもとに巡ってみると

 文明開化や日本の産業近代化を象徴する煉瓦建築。倉庫ひとつとっても、北海道なら旭川や小樽、九州は佐世保と、列島中に点在している。各地のランドマークとなっているそれら赤煉瓦建築を訪れる際の目安となるのが、赤煉瓦ネットワーク*が発表する『日本赤煉瓦建築番付』だ。
 2013年版によれば、東の横綱は横浜新港埠頭倉庫(赤レンガ倉庫)、灯台の聖母トラピスト修道院、サッポロファクトリー・ビール園(北海道)。西の横綱が江田島旧海軍兵学校(広島)、今村天主堂(福岡)、奈良少年刑務所。東京駅や富岡製糸場など重要文化財は、「敬意を表するとともに、新風を入れるため」に「年寄」の位置づけだ。

「番付」をもとに東京駅周辺の有名どころを巡るなら、行幸通りから駅の全貌を眺めた後、大名小路を抜けて三菱一号館(張出大関)へ。丸の内初の洋風事務所建築(1894年竣工)を再現し、2010年にオープンした。美術館にはロートレックやルドンの作品を収蔵。銀行営業室を復元したカフェやイングリッシュガーデン風の裏庭もいい感じだ。
 そこからお堀端を桜田門方面へ歩けば、米沢藩上杉家の江戸屋敷跡に建つ法務省旧本館(年寄)に着く。列柱のバルコニーが印象的なドイツ・ネオバロック様式で、竣工は1895年。戦災で大半を焼失したが1991年に再建された。創建時の煉瓦は日本煉瓦製造が焼成したものだ。
 東京駅に戻る際には、京葉線八重洲側の地下コンコースを歩きたい。終戦後、東京駅が接収された際、「進駐軍を驚かせよう」と運輸省の技術者が発案、気鋭の建築家や彫刻家により制作されたレリーフが飾られている。日本列島全図ほか、厳島神社や鎌倉の流鏑馬など国内の見どころがかたどられ、全体の長さは50mを超える。煉瓦ではなく石膏製だが、完成から約60年後の一般公開、必見だ。
 散策に疲れたらステーションホテル南ドーム2階の「TORAYA TOKYO」でひと息。壁面の赤煉瓦にしみじみ歴史を感じながら、和テイストのスイーツが楽しめる。

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最終更新:2016/2/4(木) 3:36
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