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脳梗塞の障害乗り越えピアノ演奏。落語家・桂む雀の生き方/大阪

2014/6/29(日) 12:00配信

THE PAGE

 大阪市内にあるマンションの一室から聴こえるピアノの音色。曲調はゆっくりだが、和音で奏でられた音は心地よく響きわたる。このピアノを演奏するのは、落語家・桂む雀さん。かつては関西のテレビ・ラジオでレギュラー番組多数持ち、中国語落語を披露するなど多彩な活躍をみせたが、脳梗塞で倒れ右手足に重い障害が残り、流ちょうな「しゃべり」も失った。

[動画]左手でピアノを演奏する桂む雀さん。毎日練習を続けている

 表舞台から姿を消し、人と会うのも嫌だった日々が続いたが、ふとしたきっかけで楽器と出会い、今では左手だけでピアノやハーモニカを演奏しコンサートを開くまでに。「今があるのは兄弟子と友達のおかげやねん」。そんな言葉を胸に日々練習に励み、多くの人の感動を呼んでいる。

ラジオ収録中に倒れる、字も記憶から消えた

 大阪市出身の53歳。1981年にあこがれていた故・桂枝雀に弟子入り。古典を得意とし、明るいキャラクターで人気のテレビ番組「おはよう朝日です(ABC)」では、各地の店へ出向いて値切りを交渉するバーゲンダーなどで、お茶の間の人気者に。以後、数々のテレビ・ラジオ番組でレギュラーを抱えていた。しかし2005年3月3日、自身の冠ラジオ番組「桂む雀の夕刊探検隊(ABC)」収録中、とてつもない頭痛などで意識を失い、病院へ搬送された。む雀さんは「あの時のこと、いっこも覚えてへんねん」と振り返る。

 倒れてから3日後に意識が回復。スタジオにいたはずの自分は病院のベッドにいた。少しずつ体の異変に気づく、右手足が動かない、言葉が出てこない。そして、ひらがななどの字も忘れて読めなくなっていた。落語を愛し、倒れる直前には「中国語落語」を披露し、スポーツ新聞でも取り上げられるほど多彩な活躍をみせた男が、なにもできなくなっていた。次第に「この姿を人に見せたくない」という思いから人との面会を避けていった。

兄弟子の提案に奮起、師匠のハーモニカを使って

 人と会うことをほとんど避け、歩けるようにとリハビリを続ける日々。右手足が動かず、言葉も記憶から消え、だれとも会いたくなくなった。テレビで長年共演し、ラジオ番組の代行を務めるなど、常にむ雀さんを気遣っていたABC朝日放送の三代澤康司アナウンサーは「あれだけ落語へのこだわりをみせていた男が、連日、歩く・ひらがなを書く練習をしてたんです。人と会うのを避けるのは無理なかったと思う」と当時を振り返る。だが、そんなむ雀さんを友人らはずっと励まし続けた。

 倒れてから5年の月日がながれ、つえをついて歩けるようにはなったがリハビリは続いていた。そんなある日、ずっとむ雀さんを見守り続けた兄弟子の桂九雀さんの提案で、天満天神繁昌亭の舞台下手で太鼓も担当するようになった。む雀さんの音楽的センスがあったこと、左手が動くことから強く勧めたという。また「それやったらハーモニカをやってみたらどうや」とも提案。ちょうど昔、師匠の枝雀さんが一時期ハーモニカに凝るもすぐに飽き「おまえにやる」と渡されたものを大事に取ってあった。

 「なにかを始めな」という思いからハーモニカを練習。九雀さんがクラリネット奏者でもあることから、ハーモニカ奏者のあらいなおこさんを紹介されレッスンを受けた。そして、練習を頑張った結果、九雀さん、あらいさんのライブに特別ゲストとして出演し2曲を披露。大勢の観客から拍手をあびた。「僕にとって5年ぶりの舞台やってん」と笑顔で振り返るむ雀さん。そして、この時、仲間は「この人にはこの大勢の拍手が、む雀さんにとって大きな薬やねんなぁ」と分かったという。

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最終更新:2014/9/16(火) 19:31
THE PAGE