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【動画】東住吉で「模擬原爆追悼式」。当時を知る人「この事実を語り継いで」/大阪

2014/7/26(土) 12:29配信

THE PAGE

 このことを後世に語り継いでほしい―。1945年7月26日、大阪市東住吉区田辺に、米軍の大型爆弾が投下され7人の命が奪われた。当時「1トン爆弾が落とされた」と言われていたが、それが約20年前に5トン近くある「模擬原爆」だったことが分かったという。26日に同所で「模擬原爆追悼式」が行われ、当時を知る人や地元の小・中学生らが参加し、犠牲者の冥福を祈った。当時を知る女性は「若い人たちに模擬原爆が落とされたことを語り継いでほしい」と話している。

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模擬原爆の説明受け中学生絶句・黙とう

 追悼式実行委員の吉村直樹さん(67)によると、1945年7月26日午前9時26分、アメリカ軍の爆撃機B29が、同区の田辺小学校北側に大型爆弾を投下したという。この爆弾によって、死者7人、重軽傷者73人、被災者は2000人弱にのぼったという。また、この11日後に広島県、14日後に長崎県に原子爆弾が投下されている。
 
 吉村さんが追悼式で、模擬原爆について「田辺を含め全国で49発落とされている。模擬原爆ってのは 長崎のファットマンという原爆と同じ形、重さをもった爆弾だった。当時爆弾を投下する上で技術がいるので訓練をしていたのでは」と説明。すると、出席していた中学生らは息を呑んで絶句、空を見上げていた。そして、追悼時刻になると、参列者による黙とうが行われた。

当時を知る人「学生に語り継ぐこと託したい」

 式では、投下時の状況を見たという龍野繁子さん(89)もマイクを手に話した。「当時は中学校で教師をしていて1年生20人を近くの軍事工場へ引率。ただ、工場で『きょうも材料が入ってないんで勉強してて』と言われ、この場所を通り過ぎて被害を免れた」と話す。

 投下の瞬間は見ていないが、見た人は抱えきれないほどの大きな石が降ってきて爆発し、周辺の窓ガラスがあちこちで割れたという。「田辺はおだやかな町で 怖い思いをしたのはこの1発だけだった」とも話した。

 龍野さんは「きょうも自分の足で参列させて頂いた。しかし、これからはここに来ている学生さんにこのことを託したい。語り継いでほしい」と訴えた。

 式には同区の中学をはじめ、隣接する阿倍野・平野両区のほか、泉佐野市の学校の生徒なども参列。各校の代表生徒は「田辺にこうした爆弾が落とされたことを知る人は少ない。きょうのことを学校でも発表し、みんなに広く伝えたい」などと話していた。

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最終更新:2014/9/19(金) 12:31
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