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関塚元五輪代表監督でジェフユナイテッド千葉は変わったか?

2014/8/8(金) 18:23配信

THE PAGE

8年間で実に11人。イビチャ・オシム氏が日本代表監督に転身した2006年7月以降で、ジェフユナイテッド千葉を率いた監督(2人の代行を含む)の人数だ。成績不振を理由に指揮官の解任が繰り返されるたびに方向性や戦い方が変わり、必然的に選手たちは戸惑い、2009年にはJ1の最下位に転落。古河電工として戦った前身の日本リーグ時代を含めて、チーム史上初の2部降格を味わわされた。

J2での戦いが5年目を迎えた今シーズン。チームは約2年越しのラブコールを成就させて、ロンドンオリンピックで日本を44年ぶりのベスト4へ導いた関塚隆監督の招聘を実現させる。7月9日から練習の指揮を執り、リーグ戦は4試合で2勝2分けの結果を残している。

3日には首位を独走する湘南ベルマーレと対戦。ジェフのホームで対戦した4月13日の第7節では0対6の大敗を喫した強敵に先制されながらも後半27分に追いつき、その後も相手ゴール前のスペースを狙い続けるなど、手に汗握る白熱の攻防を展開。敵地で勝ち点1を手にした。

試合後の公式会見で、関塚監督は就任後に無敗を継続している理由についてこう言及した。「選手たちが『やらなきゃ』という部分が表れてきたんじゃないかと。ピッチに立った選手たちに躍動してもらい、一体感を持って、いい内容で勝利を追求していく。彼らがしっかりと答えを出していく部分で、クラブの決断に対しての変化が少しずつ出てきたのかなと思っています」。

会見を終え、ロッカールームへ戻る途中ではこんな言葉を漏らしてもいる。「やっぱりリスクを背負って戦わないと。選手たちはよく頑張ったと思います」。川崎フロンターレを率いた通算5年あまりの期間に、J2だったチームをJ1屈指の強豪へ変貌させた。2010年8月からは約2年の歳月をかけて、U‐23日本代表をゆっくりと成長させた。関塚監督が速効性のあるカンフル剤を打てるタイプでないことは、昨年途中から率いたジュビロ磐田のJ2降格が物語る。

モンテディオ山形から加入して3年目のMF佐藤健太郎が、新監督の指導の一端を明かす。「言っていることは本当にオーソドックスで、ハードワークや球際での競り合いといった細かい部分を全体に求めるので、隙のないチームになっていくんじゃないかなという印象はありますね」。

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最終更新:2016/2/8(月) 3:32
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