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ようやく新大統領決定 アフガンは安定化するのか /国際政治学者・六辻彰二氏

2014/10/14(火) 14:00配信

THE PAGE

 9月21日、アフガニスタンの選挙管理委員会はガニ元財務相の大統領当選を発表しました。大統領選挙が行われたのは今年5月。しかし、選挙結果をめぐって対立が激化した結果、大統領が決まるまで4か月もかかったのです。この混乱の背景には、民族問題があります。

大統領選挙の混乱

 アフガニスタンでは、アフガン戦争後同国を率いてきたカルザイ大統領の後任を選ぶ大統領選挙が5月15日に実施されました。アフガニスタンの大統領選挙では、第1回投票で過半数の票を獲得する候補が出なかった場合、上位2名による決選投票が行われることになっています。

 第1回投票では、アブドラ元外相とガニ元財務相が、それぞれ総投票数の45パーセント、31パーセントを獲得。しかし、6月14日に行われた第2回投票では、それぞれ43パーセント、56パーセントと逆転。

 選管がガニ氏勝利の暫定結果を発表すると、アブドラ氏はカルザイ政権の副大統領や選管の幹部が不正を指示した証拠などを示して、結果の受け入れを拒絶。両陣営の対立がエスカレートするなか、アフガン分裂を恐れたケリー米国務長官の仲介によって、7月12日に
・国連の監視下で800万票にのぼる全ての票の調査と再集計を行うこと、
・その結果に基づいて、勝者が大統領、敗者が首相に就任し、挙国一致の政権を作ること、
にガニ、アブドラ両氏が合意しました。

 しかし、その後もアブドラ陣営は「選管による調査と再集計の進め方が政治的」と批判。8月27日、ついに「どんな結果も受け入れない」との声明を出したのです。

民族の政治問題化

 ガニ氏とアブドラ氏の間には、共通する政策もあります。今年末に米軍を主力とする国際治安支援部隊(ISAF)が撤退することになっていますが、その後、個別の安全保障協定によって米軍が駐留することを両者は認めています。

 それにもかかわらず対立が激しくなった背景として、内外メディアの多くは「ガニ氏が人口で最大のパシュトゥン人、アブドラ氏がその次に多いタジク人で、その民族間の対立」をあげました。ただし、実際はもう少し複雑です。

 ガニ氏は世界銀行などでも勤めた経験がある国際派。一緒に大統領選挙を戦う第1副大統領候補に、少数派のウズベク人で、タリバンとの戦闘で知名度の高い軍人のドスタム氏を据えるなど、その陣営は必ずしもパシュトゥン人一色ではありませんでした。

 ただ、ガニ氏は欧米とのパイプは太いものの、逆に国内の基盤は必ずしも万全ではありません。カルザイ大統領が推していたラスール候補(第3位)をはじめ、第1次投票で敗れた他のパシュトゥン人候補の支持者たちは、決選投票でガニ氏支持にまわったとみられます。そのため、民族をアピールせず、カルザイ政権の汚職を批判しながらも、ガニ氏は既得権益層を含むパシュトゥン人から支持を集めざるを得ない立場にありました。

 一方、アブドラ氏は母親がタジク人ですが、父親はパシュトゥン人。しかし、アブドラ氏はタリバンがアフガニスタン南部一帯を支配していた時期に、これと対抗して北部一帯のタジク人など少数派の民族を中心に結成された武装組織「北部同盟」のメンバーでした。そのため、血統だけでない理由で、旧北部同盟関係者からアブドラ氏は支持されたのです。

 民族の違いそのものより、民族の違いによって政治的な利害関係が発生することで、両候補の意思にかかわらず、対立が深まったといえるでしょう。

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最終更新:2015/7/23(木) 4:11
THE PAGE