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『WORLD ORDER』須藤元気、音楽活動は高校時代からの夢

2014/11/30(日) 11:01配信

THE PAGE

 人気格闘家として格闘技ブームをけん引してきた須藤元気が、電撃的に格闘家引退を表明したのが2006年末。その後は、拓殖大学レスリング部の監督として輝かしい成績を残したが、その一方でミュージシャン、俳優、エッセイスト、映画監督と、格闘家とは対照的に文化人としてのフィールドでも才能を開花させた。中でも2009年に立ち上げたパフォーマンスユニット『WORLD ORDER』は、世界的な評価を得ている。2011年にアメリカで開催されたイベントに参加したことで知名度を飛躍的に上げ、国内では今年初となる全国ツアーを成功させた。異業種でマルチな活躍をみせる須藤のルーツ、そして結成5年を迎えた『WORLD ORDER』への思いとは──。

高校時代の夢は「格闘家とミュージシャン」

 「高校時代には2つの夢がありました。一つは格闘家になること、そしてもう一つはミュージシャンになること。レスリングに励みながら、実はバンドを組んだり、ストリートミュージシャンをやってみたり。入り口は“女の子にモテたかった”という気持ちでしたが(笑)」と、須藤はそのルーツを振り返る。そんな青春時代の”夢”を再燃させたのが2006年。格闘家として活動する傍ら、ミュージシャンとしてもデビューする。ところが「自分の中では手応えはあったものの、自分自身が思い描いていたものと世間とのギャップがあって上手くいかなかった。その後もプレゼンをしたりしたけれど、形にはならなかった」と、挫折を味わう。

 それでも須藤の中で“ミュージシャンになりたい”という思いは消えず、格闘家引退後に再び動き出す。IT全盛となっていた時代背景も手伝った。「無料動画サイトがある時代、国境などの垣根は関係なく、いいものはいいものとして受け入れてくれるはず。どうせなら世界を目指すべき。西洋人から見た日本人像をデフォルメして前面に押し出せば絶対にウケる」と確信。7:3のヘアースタイルに眼鏡、パリッと決めたスーツ姿。西洋人がイメージしているであろう典型的な日本のサラリーマン像をヴィジュアルコンセプトに、日本人の几帳面さを表すかのようなロボットダンスを大人数で踊る、という形を作り上げた。

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最終更新:2016/2/19(金) 3:41
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