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<第3次安倍内閣>「第○次内閣」と「改造内閣」の違いは? 早稲田塾講師・坂東太郎のよくわかる時事用語

2014/12/24(水) 17:15配信

THE PAGE

 第三次安倍内閣が24日、発足しました。総選挙前は第ニ次安倍改造内閣と呼ばれていましたが、同じ安倍晋三首相による内閣なのに呼称が変わります。このように、よく「第二次内閣」とか「二次改造内閣」などの用語が使われます。違いは何でしょうか。

■第○次内閣とは

 たいていの場合「二次」以降は衆議院の解散・総選挙を勝ち抜いた後、憲法の決まりで総辞職するも、引き続き行われる特別国会で同一人物が選ばれるケースです。

 戦後、いったん首相を辞めた後に返り咲いたのは吉田茂氏と安部晋三氏の2人。第二次安倍内閣は総選挙で勝っての政権奪取ですが、解散を打ったのは対立する野田佳彦内閣でした。吉田氏は明治憲法下の1946年5月から翌年5月まで日本自由党などを与党とする内閣の首相を務めた後、新憲法(今の憲法)で日本社会党・民主党・国民協同党の連立政権が過半数を制したのを受けて辞任。片山哲・芦田均の連立政権が弱体に終わり、芦田内閣が昭和電工事件という戦後を代表する汚職事件に飲み込まれ辞任した後継として第二次内閣を受けます。この時点で少数与党で足腰がもろかったため、約2か月後に解散・総選挙を行って与党圧勝。本格政権である第三次吉田内閣がスタートします。

 戦後でただ一つだけ解散総選挙を経ないで二次政権以降を連続で担ったのが第三次鳩山一郎内閣です。鳩山氏は吉田氏との抗争で勝って選挙を経ずに首相となり、解散後は自ら率いる日本民主党が圧勝して二次内閣を作りました。同党と自由党が合同して自由民主党が誕生した1955年にいったん総辞職し、首相指名選挙に勝って第三次内閣を作りました。

 総選挙で与党過半数でなくても二次以降の政権を担ったケースもあります。第二次大平正芳政権は自民党で過半数に届かず、野党が結束すれば政権交代も起こり得る事態に陥っていますし、第二次中曽根康弘内閣も単独で過半数に達せず新自由クラブとの連立で何とか切り抜けました。

 橋本龍太郎内閣以後は単独の政党ではなく2つ以上が連立する与党で過半数を取り、第一党党首が政権を担うという形が定着しました。

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最終更新:2016/2/24(水) 4:16
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