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【人質事件を契機に考える】海外邦人の安全をどう守るか? 菅原出・国際政治アナリスト

2015/2/1(日) 10:00配信

THE PAGE

 過激派組織「イスラム国(IS)」による日本人人質事件を契機に、海外にいる日本人の安全をどう守るかについての懸念が強まっているようです。2013年1月にアルジェリアのイナメナスで人質テロ事件が発生した時にも、海外邦人の保護についての議論が盛んに行われましたが、今回の事件を受けて、日本政府の邦人保護体制や今後の対策について考えてみたいと思います。

 イナメナス事件では、テロに巻き込まれた民間企業に対して、日本政府が事前に十分な情報を提供できなかったり、現場の状況把握が遅れたことから、事件後「官民協力」の必要性が叫ばれました。その後、外務省と民間企業との間で定期的な官民協力セミナーが開催され、両者の人的交流や情報交換の機会も増え、平時からの情報共有や緊急時の協力体制などの面で大きな前進が見られています。

 一方、ジャーナリストや旅行者のように海外の危険地に行く個人については、外務省側から危険情報などを配信して注意喚起を行う以上のあまり有効な手だてがないのが現状です。外務省は個人の旅行者向けには、「たびレジ」という新たな制度を導入しており、旅行日程、滞在先や連絡先などを登録しておくと、万が一滞在先でテロや暴動などの緊急事態が発生した際には登録した個人に緊急連絡が入る仕組みになっています。

 しかし、シリアのように外務省でさえ大使館を閉鎖している国においては、当然に政府の情報収集能力も限られるので、十分な注意喚起も、邦人に事故などが発生した際の救援などもできません。このため、外務省はシリア全土を4段階の渡航規制でもっとも厳しい「退避勧告」地域に指定して、「退避を勧告します。渡航は延期して下さい」と呼び掛けています。

 アフガニスタンも同じように「退避勧告」地域に指定されていますが、同国では日本大使館が今でも活動をしており、日本人の現地への渡航を厳しく規制しています。アフガニスタンの場合は入国に際してビザの取得が必要ですから、日本政府はアフガニスタン政府と協力して日本人へのビザ発給を制限することができます。実際駐日アフガニスタン大使館にビザを申請するには、外務省の添え状が必要になりますので、外務省側はアフガニスタン渡航を希望する日本人の存在を事前に把握し、渡航を見合わせるように個別に伝えることができます。

 しかし、シリアに行こうとするジャーナリスト等は、トルコに渡航した後にトルコとの陸上国境を越えてシリアに入国するので、日本政府が彼らの動きを把握することは非常に困難です。トルコには観光客だけで年間35万人近くの日本人が訪れますので、その中の誰がシリアに渡航する気があるのかを事前に調べて渡航見合わせを要請するなど、事実上不可能でしょう。これは各国とも同じであり、シリアへ渡航する外国人戦闘員の流れを止められない理由の一つとなっています。

 海外で危険に遭遇するリスクを下げるには、現地の情報をしっかり収集して、事前に注意しなければいけない地域やエリアを把握し、犯罪などの傾向や手口を知り、各自が気をつけるしかありません。そのための情報は外務省の海外ホームページ等で十分に得ることができます。また「たびレジ」なども極めて画期的なシステムです。

 しかし、ジャーナリストのように危険な地域に入ることで仕事をしている人たちは、自分の旅程を外務省に知らせれば止められることを知っていますから、当然外務省に事前に「これからシリアに行ってきます」とは伝えないでしょう。また、たとえ外務省が事前に知ったとしても、「どうしても行きたい」と希望する個人の権利を制限することは困難です。

 危険を承知で紛争地や戦地に赴くジャーナリスト等の安全を、現在の政府の邦人保護の仕組みで守ることは困難ですし、そうしたジャーナリストたちも政府に守ってもらうことを期待していないでしょう。海外でビジネスをする駐在員や観光客等の安全を守ることと、戦場ジャーナリストの問題は、同じ「海外における邦人保護」という言葉で括れない全く別の性質の問題であることを、しっかりと認識することが大事だと思います。

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菅原出(すがわら・いずる)
国際政治アナリスト、危機管理コンサルタント。米国の対テロ政策、中東など紛争地域の政治・治安情勢に詳しい。著書に『秘密戦争の司令官オバマ』(並木書房)、『リスクの世界地図』(朝日新聞出版)などがある。

最終更新:2015/6/16(火) 2:44
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