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なぜ憲法は「取材の自由」を強く保護するのか? 首都大学東京准教授・木村草太

2015/2/19(木) 17:00配信

THE PAGE

 先日、新潟県のジャーナリスト杉本祐一さんへの旅券返納に関わる憲法問題を論じた(「海外取材の自由と憲法との関係は? 旅券返納命令の憲法論(http://thepage.jp/detail/20150212-00000013-wordleaf?page=3)」)。その中で、取材のための海外渡航は、観光のための海外渡航よりも、強く保護される可能性がある、と指摘した。

 ところで、なぜ、観光よりも、取材の方が強く保護されるのか、よく分からないと感じた人も多かったのではないか。そこで、本稿では、憲法における報道・取材の自由の位置づけについて、解説してみたい。

1 憲法で強く保護されるかどうかの基準

 憲法は、信教の自由、表現の自由、職業選択の自由など、国民が政府に対して行使できる様々な権利を保障している。これらは、憲法で保障されるだけあって、いずれも人が生きるのに欠かせない、大事な権利だ。しかし、一般的な憲法学説や最高裁判例によると、これらの権利の中には、裁判所によって特に強く保護されるものと、それほど強く保護されないものとがある。

 では、強く保護されるかどうかは、どのような基準で判断するのか。

 普通に考えると、「国民にとって大事かどうか」が基準になりそうだ。もちろん、それも大事な基準だろう。しかし、何を大事な権利だと考えるかは、人によってずいぶん違う。例えば、小説家にとっては、表現の自由はとても大事な権利だろう。しかし、文章を書く機会はなく旅行が生きがいだ、という人にとっては、表現の自由よりも旅行の自由の方が大事だろう。したがって、強く保護されるかどうかは、別の基準で決められねばない。

 判断の決め手は、憲法上の権利は「政府に対する」権利であり、憲法は政府の権力濫用を防ぐためにある、という憲法のそもそもの目的にある。すなわち、憲法上の権利の保障の強さは、「それが、政府によって恣意的に制約されやすいものかどうか」によって判断されるのだ。

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最終更新:2016/1/26(火) 4:07
THE PAGE