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マクドナルドを退任する原田泳幸会長の経営とは?

2015/2/22(日) 7:00配信

THE PAGE

 日本マクドナルドホールディングスは20日、同社の原田泳幸会長が、3月の定時株主総会後に退任すると発表しました。原田氏は2014年6月からベネッセホールディングスのトップに就任しており、実質的にマクドナルドの経営にはタッチしていませんでしたが、これで名実ともに同社を離れることになります。

 原田氏は2004年、アップル日本法人のトップから業績不振のマクドナルドに転じ、同社の業績をV字回復させました。しかし、退任直前には再び業績不振に陥り、最終的に米国本社から派遣されたカサノバ氏にトップの座を譲っています。

 日本マクドナルドは、米国マクドナルドと日本の実業家・藤田田氏との合弁会社という形で1970年に第1号店をスタートさせました。80年代には、ハンバーガーと飲料、ポテトを組み合わせると価格が安くなるという「サンキューセット」が大ヒットとなり、同社は外食産業の大手に成長しました。

 しかし2000年前後から低価格路線を追求した従来のビジネスモデルが限界に近づき、同社の経営が低迷し始めます。藤田氏は引退することになり、白羽の矢が立ったのが、外資系企業出身の原田氏でした。

 原田氏の経営手法に対しては、一時は原田マジックなどと神話のように語られたかと思うと、今度は一転、現場を疲弊させたなどと激しい批判が寄せられました。しかし、原田氏が経営者として行ってきたことは、実は非常にオーソドックスなものです。

 トップに就任した原田氏は、まず店舗の運営形態の見直しに着手しました。同社の店舗は、本体が運営する直営店と、フランチャイズ形式で運営する店舗に大別されます。藤田氏の時代までは、直営店を数多く運営する一方、フランチャイズ店は、数店舗を所有する小規模なオーナーが中心という状況でした。これらのフランチャイズ・オーナーは、創業者である藤田氏の薫陶を受けた元社員という人も多く、一種ののれん分けに近い状況だったわけです。

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最終更新:2016/1/29(金) 3:25
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