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<東日本大震災>南相馬から避難・大阪で鍼灸治療院開き3年の夫婦 ── 故郷の治療院も再開へ

2015/3/10(火) 18:53配信

THE PAGE

家や仕事を世話してくれた大阪の友

 大阪市住之江区のいわゆる文化住宅に来たが、風呂・ガスともにナシの状態。「住めるだけでもありがたい」とすごしていたが、子どもたちは突然の生活環境の違いに辛さを覚えていた。そんな時、父親がマンションを持っているという同級生が「ワンルームが隣同士で2部屋空いたのでおいで」と声をかけてくれた。家族5人でそこへ引っ越し、約8か月すごすことになる。

 住む場所は確保。だが、収入がないため大助さんはコンビニやガソリンスタンドのアルバイト求人などに申し込もうとしたが、学生時代の同級生らが「鍼灸の仕事は、手を使わなかったら感覚がなくなってしまう。なんとかするから」と声をかけてくれ、3~4か所で同業者の手伝いをできるように段取りを組んでくれた。

 そして、その手伝いであちこちへ移動し、たまたま大阪市東住吉区の地下鉄田辺駅を利用しようとした時、目の前のビルの窓にあった「空店舗」の看板が目に入った。

 その瞬間「ここでならやれるかもしれない」という直感がよぎり、すぐに申し込んだ。「子どもたちのことを考えると、南相馬の現状では連れて帰れない。自分だけが南相馬へ帰って治療院を再開することもできない。もうここで暮らしていくしかないと考え、腹をくくりました」

 避難から約1年たった2012年3月10日、東住吉区で「かとう鍼灸治療院」を開業した。地下鉄・田辺駅の真ん前ということもあり、今では地元の人が訪れ、中には南相馬で通っていた人が来てくれることもあるという。そして、きょう10日で開業から丸3年を迎えた。子どもらも当初は環境の変化に動揺したこともあったが、今では元気に学校へ通っているという。

大阪で開業3年の決意・南相馬の治療院を再開へ

 「今こうしていられるのは、支えてくれた友人たちのおかげです」と大助さん。3年がたち、地元にもとけこんでいるが「まだ正直、食っていくのが精一杯なんで頑張らなければ」と日々奮闘。清恵さんも子育てをしながら、受付で支えてくれている。「ほんと妻や子どもたちにも感謝です。よくあの状況で文句ひとつ言わず頑張ってくれたので」

 開業3年を迎え、新たな決意も口にした。「やはり故郷の治療院のことは、3.11以来、1日も忘れたことがありません。多くの患者さんに支えられてましたし。だから4月から、南相馬の治療院再開に向けて動こうと思うんです」

 4月からは月に1週間ほど南相馬へ戻り、治療院を任せられる人を探し再開させたいという。そして、大阪と南相馬で治療院を回していくのが目標だという。「父親は内科医として故郷へ残り、一時期はやむなく東京へ避難したけど、避難指定解除になったら即戻り患者さんを診てるんです。僕もこの3年を機に再開に向けて頑張りたい」。再開の計画を聞いた地元の人たちからは「待ってるよ」という声もあるという。

 今でも経営は大変だが「一歩ずつ進んで行かなければ。子ども3人をしっかり育てなくちゃいけないし」と前向きで気合い十分の大助さん。きょうも故郷への想いを胸に患者さんの治療にあたる。

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最終更新:2018/10/4(木) 21:21
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