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大阪難読地名「遠里小野」「淡輪」「蕎原」読めまっか?

2015/4/18(土) 14:06配信

THE PAGE

大和川をはさんでふたつの「遠里小野」

 中世には日本を代表する貿易都市として活況を呈するなど、泉州の中心地として栄えてきた堺市。「永代町(えいたいちょう)」「九間町(くけんちょう)」「旅籠町(はたごちょう)」「東雲(しののめ)」「神南辺町(かんなべちょう)」など、歴史を刻んだ難読地名を今も受け継ぐ。

 大和川左岸に「遠里小野町(おりおのちょう)」が広がる。かつて大和川は大阪平野をうねって流れ、慢性的な洪水を引き起こしていた。江戸中期、大阪湾へまっすぐ流れ込む現在の放水路型に改修された。農民悲願の大改修は治水や農業振興に貢献したが、新大和川の誕生によって、両岸に分かれる村も出てきた。

 堺市の「遠里小野町」と大阪市住吉区の「遠里小野」は改修前まで、ひとつの村落だった。大和川をはさんで向かい合うふたつの町名が、今も歴史の激動を記憶する。大和川左岸から右岸へ渡り、大阪市の遠里小野へ入ったところで、泉州難読地名ツアーは終着点へ辿り着いた。
(文責・岡村雅之/関西ライター名鑑)

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最終更新:2018/10/4(木) 21:01
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