ここから本文です

大谷が逃した「大記録」と浮かび上がる成長度

2015/7/3(金) 12:00配信

THE PAGE

 北海道日ハムの大谷翔平投手(20)は2日、札幌ドームで行われたオリックス戦で、2失点の好投を見せながらも7回二死をとった時点で、右手中指にできた血マメの影響で緊急降板。チームは、8回に同点にされ、両リーグ最速の10勝目を逃したが、実はこの試合で、戦後、誰も成し遂げていなかった隠れた大記録も逃していた。

 大谷は、自ら申し出て緊急降板した7回に一死からT-岡田にストレート勝負を挑み、154キロを示したインハイのストレートをライトスタンドに運ばれた。今季、86イニング目にしての初被弾。昨年9月21日の楽天戦で松井稼に打たれて以来の一発を本人も、「(インハイの厳しいコースなので)ファウルに取れるかなと。(ボールに)力がなかった」と悔やんだが、もし大谷が、シーズンを通じで被弾ゼロを守っていれば、戦後初の快挙だったのである。

 過去の記録を紐とくと、大谷と同じく二刀流だった南海の清水秀雄が、1940年に308回を投げて被本塁打ゼロ。1943年には、当時、南海の別所毅彦が319回1/3を投げて、被本塁打ゼロをマークしているが、いずれも戦前の1リーグ時代の話。これが戦後になると、規定投球回数をクリアした投手で、被本塁打ゼロは一人もなく、被本塁打の最少記録は、1956年に西鉄の稲尾和久が、263回1/3を投げて2本という記録が残っているだけ。それも、今から59年も前の記録だ。それほどホームランを打たれないという記録の達成は難しいもので、ちなみにシーズン最多被本塁打の記録としては、広島の池谷公二郎が1977年に記録した48本がある。

 ボールやバットの道具やバッティング技術の進化を考慮すると、大谷が逃した隠れた大記録の価値は、とてつもなく高い。

 では、なぜ、今季の大谷は、ここまで本塁打を打たれなかったのか。

 元阪神、ダイエー(ソフトバンク)、ヤクルトでプレーした評論家の池田親興氏は「理由は3つある」と分析している。

「一つはスピードボール。平均して150キロを超えてくる。身長が高く、マウンドの傾斜に見事にアジャストにしたポイントでリリースしてくるので、打者からすれば、すぐ目の前でボールを離されている感覚に陥り、タイミングが非常に合わせ辛い」

 この日のゲームでも、6回、糸井に対しての初球が160キロをマーク、電光掲示板に派手に紹介され札幌ドームをどよめかせた。

1/2ページ

最終更新:2016/1/5(火) 3:51
THE PAGE

スポーツナビ 野球情報