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松井の2000本安打達成の裏に「基本が進化を生む」の哲学

2015/7/29(水) 4:00配信

THE PAGE

 ふらっと上がった打球がセンターの前へ落ちた。

 28日、秋田県営球場で行われたソフトバンク戦に「3番・ライト」でスタメン出場した楽天の松井稼頭央(39)は、初回第一打席で、ソフトバンク・中田の投じた121キロの変化球に反応して、記念すべき2000本安打を決めた。捕られるのか、落ちるのか、ギリギリまでわからないような打球での達成に松井は一塁ベース上で思わず苦笑いを浮かべた。

「どんな形でもいいのでヒットになって欲しいと思っていた。当たった時はどうかなと思ったけれど、打球を見ているうちに(ヒットになる)確信はあった。正直、ホッとした。秋田のファンの皆さんの前で、東北で達成できた。これほどうれしいことはなかった」

 アストロズ時代の2009年にすでに日米通算2000本安打は果たしていたが、そのメジャーの7年間で積み上げた615本のヒットを除いてのNPBでの2000本達成。史上46人目で、スイッチヒッターでは、巨人の柴田勲氏以来、史上2人目の快挙である。

 三回には、再び先頭打者として、レフト線へ流し打ってのツーベース。いずれも得点につながらなかったが、あっさりと2001本目へと新しい1歩を踏み出した。
 
 松井の野球人生はチャレンジという言葉に尽きる。
 1993年のドラフト3位でPL学園からピッチャーとして西武へ入団したが、すぐに野手に転向。そして右打者だった松井は、次にスイッチヒッターへ転向した。

「ピッチャーから野手、右打者からスイッチ。周りの皆さんの協力がなければ自分だけの力では、ここまで戦ってこれなかったと思う」

 2002年には、史上8人目の打率.332、36本、33盗塁のトリプルスリーをマーク。走・攻・守、三拍子の揃った史上最強の遊撃手の評価を手にして、2004年からついにメジャーへと舞台を移した。メッツ、ロッキーズ、アストロズで7年間プレー。ワールドシリーズも体験した。

 そして2010年オフに楽天へ凱旋帰国すると、昨季途中からは、自ら外野コンバートを志願。40歳を前にまた新しいチャレンジを始めている。今季のここまでの成績は、打率.265、36打点、9本塁打、10盗塁。2010年オフに共に楽天に凱旋帰国した岩村明憲は、結果を出せずにNPBを去った。メジャー凱旋の野手で成功を収めた選手は少ないが、松井は、今なお、その存在感を失わない。

 なぜか。
 以前、松井へのインタビューで、その根底にある哲学を聞いたことがある。

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最終更新:2016/1/23(土) 4:46
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