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柔道五輪3連覇の野村忠宏が現役引退

2015/8/24(月) 15:01配信

THE PAGE

 柔道の五輪3連覇を果たした野村忠宏(40)=ミキハウス=が8月29日に兵庫県・尼崎市のベイコム総合体育館で行われる、全日本実業柔道個人選手権大会(60キロ級)への出場を最後に現役引退することが24日、所属先のミキハウスから発表された。31日に正式な引退会見が開かれる。

 野村は、昨年も同大会への出場を予定していたが、直前に左膝を痛めて欠場。結局、左膝を手術、苦しいリハビリを経て、今大会への2年ぶり出場を目指していた。引退理由は会見で語られる方向だが、長年の過酷な練習の繰り返しで、ダメージを負った肉体の限界から40歳にして引退を決意した模様だ。

 野村は、天理大学在学中に初出場した1996年のアトランタ五輪の60キロ級で優勝。その日にはYAWARAちゃんこと谷亮子(当時、田村亮子)が決勝で敗れるという波乱があって、メディアからノーマークだった野村の金メダル獲得も、番狂わせのニュースとして扱われた。

 翌年はパリで開催された世界選手権でも優勝。続く2000年のシドニー五輪の60キロ級で連覇を果たした。シドニー五輪後、一度、競技から離れて米国留学などをしていたが、アテネ五輪前に再起。ブランクに苦労しながらも、五輪代表権を手にすると、柔道では史上初、アジアでも全競技を含めて史上初となる3連覇を達成した。

 北京五輪での4連覇を狙ったが、右膝の半月板を含む複合損傷と、前十字靭帯断裂という大怪我を負い、最終選考会となる全日本選抜体重別選手権で敗れて、4大会連続出場を逃した。すでに33歳となっていたが、現役続行を決め、右膝を手術。ロンドン五輪出場を目指したが、代表選出の方法が世界選手権などの国際試合でのポイントを積み重ねなければならないランキング制に変わったにも関わらず、度重なる怪我に苦しみ、満足な状態で畳に立てない状況が続いた。

 結局、ロンドン五輪出場を逃した野村は、引退に揺れたが、戦うテーマをオリンピック出場ではなく、「もう一度、思い切り柔道をしたい」「追い求める柔道を実現させたい」という“内なる戦い”に切り替えて、40歳になるまで現役を続行してきた。それでも 2013年8月の実業団では、試合前に痛めていた右肩の腱が、試合中に断裂。大怪我を押してまでベスト4に残り、講道館杯への出場権を得ていたが、出場を辞退、切れた右肩の腱の修復手術を行うなど、ここ数年は、怪我との戦いに明け暮れていた。

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最終更新:2016/2/4(木) 3:40
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