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中国70年軍事パレード、雛壇に見る権力関係とは?

2015/9/8(火) 7:00配信

THE PAGE

 北京の天安門広場で3日、「抗日戦争・反ファシズム戦争勝利70年」を記念する大規模な軍事パレードが開催されました。これは習近平指導部の強さを内外に示す狙いがあり、極めて政治色の強いイベントです。雛壇に並んだ要人の配置からもそれを伺い知ることができます。

 中国など共産圏では、雛壇における席次が極めて重要な意味を持っています。東西冷戦時代には、情報統制が今よりも厳しく内部の情報がなかなか出てきませんでしたから、共産圏ウォッチャーの人は、雛壇に並ぶ要人の順番など、ごく限られた情報から内部の権力闘争の動向を探っていました。現在はだいぶ状況が変わっていますが、基本的な図式は同じです。

 習近平国家主席は、天安門(紫禁城の正門)の上に設けられた雛壇の中央に立ち、人民解放軍の行進を閲兵しました。習氏の左隣には、江沢民元国家主席、その隣には胡錦濤前国家主席が立っています。さらに左隣には李克強首相をはじめ、現在の共産党指導部(政治局常務委員)が序列の順に並んでいます。

 江沢民氏は、絶対的権力者であったトウ(登るの右に「おおざと」)小平氏を後ろ盾に国家主席まで登り詰めた人物で、江沢民グループは、習近平指導部が政権の座につくまでは共産党内部において圧倒的な影響力を持っていました。習氏は、前国家主席である胡錦濤氏と対立関係にありましたから、胡錦濤グループの勢力を抑えるため、江氏の全面的な支援を得て政権の座に就きました。当初、習氏が指導力を発揮できないとの見方が大勢を占めていたのはそのためです。

 しかし習氏は国家主席に就任すると、胡錦濤グループを要職から外して権力基盤を固め、その後は何と、自らの後ろ盾であった江沢民グループにまで矛先を向けるようになりました。中国では、鉄道省の解体や薄熙来氏の摘発など、政治的に大きな動きが続いていましたが、背後には江沢民グループの影響力を削ぐ目的があるといわれています。やがて習氏は、中南海(中国共産党や政府の施設が集中する特別なエリア)にあった江氏のオフィスを廃止し、江氏を権力中枢から追い出してしまいます。

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最終更新:2015/11/9(月) 2:55
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